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日本人は戦後、大東亜戦争による国家滅亡の危機の反省として、その原因を単に戦争そのものや一部の軍国主義者のせいとしてしまい、そこで思考停止して、それらを排除することだけに力を注いできたわけだが、日本人の思考方法や行動パターンについては全くと言っていいほど反省してこなかったので、軍隊語で平和論を語るという愚を犯し、未だに様々な戦後神話に取り憑かれている。
本書は、この国家滅亡の危機にまで至らせてしまった日本人の思考様式を見事なまでに分析したすばらしい著作である。発行から30年以上たった今でも少しも色褪せることはない。日本人必読の書と言っても過言ではないだろう。
実況放送・現状報告の内容からは、絶対基準は得られるはずもない。
こうして「今ある姿」対「今ある姿」の横並びの形式の比較にすれば、日本人の頭の中にも抵抗なく入る。
山本七平は、「ある異常体験者の偏見」の中で、「日本軍が勝ったとなればこれを絶対化し、ナチスがフランスを制圧したとなればこれを絶対化し、スターリンがベルリンを落としたとなればこれを絶対化し、マッカーサーが日本軍を破ったとなればこれを絶対化し、毛沢東が大陸を制圧したとなればこれを絶対化し、林彪が権力闘争に勝ったとなれば『毛語録』を絶対化し、、、、、、等々々。常に『勝った者、または勝ったと見なされたもの』を絶対化し続けてきた―――と言う点で、まことに一貫しているといえる。」と述べている。
それにつけても、マッカーサーも、帰国後に行われた上院軍事・外交合同委員会の証言で、「日本人はすべての東洋人と同様に、勝者に追随し敗者をさげすむ傾向を持っている。」と興味ある発言をしている。自己の「あるべき姿」の内容を持つことのない我々は、勝者は常に何事においても、比較の絶対基準になると信じているのであろうか。判断が世俗的であること限りが無い。
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