「ありふれた魔法」というスピッツの歌からの引用と表紙のおだやかな写真をみると、なごやかな恋愛ものを想像されるかもしれません。
が、なかなか、どうしてw
「リセット」を思わせる疾走感が終始つきまとい、おい、ふつうの日常のありきたりな話だろ? と不安になってきたりもします。
主人公の智之は銀行の某支店の次長。部下の茜との淡い感情を軸として、銀行社会から脱落してゆく者、家族の問題などが織り交ぜられています。
どこにでもある結婚を伴わない淡い感情、仕事でのトラブルや人間関係。それがなぜこうも、読者に疾走感を抱かせるのかを考えているうちに読者は気づきます。そうだ。ありふれた日常なんてどこにもない。普通に仕事して普通に家庭を持っている自分でさえも、この年になって責任を持つごとにいまだとまどい、淡い恋にささやかな喜びを感じているじゃないか。自分はふつうの人生をおだやかに過ごしているのではない。まわりがどう思っていようとも、自分は自分の日常を疾走しているんだと。
そうして疾走している自分の日常がここにあるんだと思い、最後には自分を抱きしめたくなる小説です。