内容紹介
JTJ宣教神学校が、東京は高田馬場駅の近くにあったころのことでした。説教総合学の授業が始まる十分ほどまえ、ふと二階の事務所の窓から外の通りに目をやると、ビルの立て看板の影に隠れて、一人の学生が原稿を片手に、一生懸命に説教演習のための練習をしているではありませんか。ゼスチャーをまじえて、真剣に取り組み続けるその学生をしばらく見おろしながら、ぼくは思いました。br「この学生は見込があるぞ。必ず将来、優れた説教者になる!」と。brその学生こそ、アリ・レジャイアン先生の十四年ほど前の姿でした。brその後、時を見て、ぼくはアリ・レジャイアン先生を玉川学園高等部の説教者として推薦しました。果たせるかな、先生は、あらゆる優れた講師たちのなかで、もっとも生徒の心をつかみ、生徒から人気の高い説教者として、連続して何年も説教の依頼を受けて来たのでした。br時機を得て、不思議なことをなさる父なる神さまの導きで、牧師の娘・真澄さんと結婚し、永住権も与えられ、一人、また一人と、キリスト信仰を告白する人たちを確実に起こしつつ、実りのある働きを続けてこられました。brふつうの人間の二倍、三倍にも凝縮された、まさに波瀾万丈の半生が、真澄さんの歯切れのいい文章に乗って、まとめられました。br多くの人の目に留まって、救い主イエス・キリストさまに栄光が帰されることを期待しています。brJTJ宣教神学校学長br岸義紘
レビュー
ありのままのアリ出会いのとき 「初めまして!僕はアリと申します。ありんこのアリと覚えて下さい。」 私の通っている仙台の教会に、外国人が笑顔で入ってきた。日本語がうまい。髪がうすくて目が大きく、鼻がでかくて高い。そしてあごのとがったきれいな顔立ち。そんなに背も高くないのに存在感が大きい。 やけに元気でさわやかなこの男性が、のちの私の夫となる人物とは、その時は思いもしなかった。 この教会には、東北大学の外国人留学生が何人か来ていた。その中の姉妹マレーシア国籍のMさんとアリは友人だった。まだ神学生だった彼は、同じ学生仲間とともに、インターン生として彼女を頼って教会へやって来たのだった。 せっかく東京から来るのなら、仙台のいい所、美味しいものを紹介しよう!ということで、青年会が中心になっておもてなしプランを立てた。 私の中にそれまであった「イラン人」というイメージは、あまりいいものではなかった。肌は浅黒くてひげモジャ、どういうわけか「テレカ、ジューマイ、センエン」というイメージがあった。だからMさんが「今度、イラン人の友人が教会に来ます。」と言ったときは、かなり冷めた反応をしてしまった。それなのに、やって来たのは明るく元気なさわやかイラン人。神学生仲間とは、事あるごとにハグをしている。これまで見たこともないエネルギーあふれるその姿に、私のイラン人に対するイメージは、音を立てて崩れるのが聞こえるほどだった。 その日の礼拝が始まった。メッセージ(聖書のお話)はアリが担当だった。わかりやすくておもしろい、最初から最後まで一睡もしないで聞くことができた。そして聖書のことばが自分の中に入ってくるのがわかった。(なんて分かりやすい話をする人なんだろう。)もちろん日本語も不十分のはずなのに、聖書が生き生きと伝わってきた。 そして、賛美歌を歌っているときだった。ふと目を上げると、視界に彼の横顔が入ってきた。目を閉じ、その賛美歌を、心を込めて歌っている横顔が本当にきれいだった。それは、イエス・キリストを心から愛している想いが伝わってくる表情だった。賛美歌の歌詞をあまり味わうこともなく、メロディーを追っているだけの自分がなんだか恥ずかしく思えた。 それから私は彼に興味を持ち始めた。 その後、数回仙台を訪れた彼からプロポーズを受けたのは、三回目に会った時だった。もちろんその間、私たちは幾度となく遠距離電話で話をし、手紙のやり取りもあった。若い二人には勢いがあった。br結婚当初の私たちを例えると、川の上流にあるゴツゴツした大きな二つの岩のようだった。br二つの岩はゴロンゴロン、ゴロンドスン、と互いにぶつかり合いながら一つの流れを進む。そしてぶつかる度に角が取れていく。川の流れに気持ちよく流れていくようになるのは、角がたくさん取れて丸くなってからだ。そうしてやがて、大海原へ出るのだ。