著者の知的履歴を知る者には、氏の広範囲な教養がいかにして形成されたかを理解する格好の半自伝的教養論で面白い。かつてNHK-FMでクラシック音楽の解説をされていて度々拝聴していたのだが、これらも大正教養主義を生きた父親の影響とわかり、歴史的概念ではなく実際に生きた世代の影響が如何なるものかを活写していて価値がある。
教養の分析は、実際には海外の大学街で地元の学生や教員と話をしてみれば、日本の学生の知的レヴェルの低さに驚かざるをえない。その反省は、猪木武徳の「大学の反省」を読んでも判るのだが、村上は自らの経験と父親世代から受けた薫陶とで教養の意義を分析して、規矩という概念をあてる。教養は知識の多寡ではないことは、先ほどの猪木の分析にもあり、個人でこの指標を設定したことは、それこそ教養の深さであろう。教養があっての専門であり、今日の日本の大学教育が不完全で未熟なレヴェルを克服できない歴史的背景を反面教師的描き出した個人教養史だが、これを精確にバランスよく読み取れれば、生涯教育の不易な価値を理解できる。断片的な知であれ、主体的に再構成する規準が在ってこその生活なのであり、生きる原点であることを描き出した好著であろう。