すべて興味深く、考えさせられる内容なのですが、特に印象に残るのは特攻に関する議論。特攻に関する英雄論と犬死論は、どちらも生者の奢りが感じられ、それより特攻を行ったという事実は《戦後日本の隠れた抑止力になっている》(p.195)というあたり。なるほどな、と思わせる半分、しかし、それでも戸高一成が二部で書いている「果たされなかった死者との約束」という文章は重いと思います。
戸高さんは昭和19年8月25日に《陸海軍の人事制度の中に「掌特攻兵」という特修兵を加えている。同時に各地の海軍航空隊では、生還を期し得ない新兵器の搭乗員、つまり特攻要員の募集が始まっているのである。この決裁書類には天皇が御璽を押印しているのであるから、この時点で特攻兵の何たるかは、一定の説明を受けていた可能性はある》(p.248)と書いています。そしてほとんどの特攻隊員は、指揮官の「自分たちも後から必ず行く」という訓示を受けて、遅かれ早かれしょうがないと諦観して出撃していった、と。しかし、最後に行く約束だった指揮官の多くは、終戦と同時に「死ぬことよりも、戦後の復興に尽くすことが重要」だとして、こうした約束をすっぱり忘れた、と。《他人に死を命じながら、命を懸けた約束をきれいに忘れ去った人間と、これを許容した社会が作った戦後、命を懸けた約束でも、状況が変われば破っても良いという戦後が、どのようなものになったか、日々眼前に見るとおりである》(p.251)という言葉は痛烈。