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あの川のほとりで〈下〉
 
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あの川のほとりで〈下〉 [単行本]

ジョン アーヴィング , John Irving , 小竹 由美子
5つ星のうち 5.0  レビューをすべて見る (3件のカスタマーレビュー)
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登録情報

  • 単行本: 410ページ
  • 出版社: 新潮社 (2011/12)
  • ISBN-10: 4105191144
  • ISBN-13: 978-4105191146
  • 発売日: 2011/12
  • 商品の寸法: 19.4 x 14.2 x 3.4 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 5.0  レビューをすべて見る (3件のカスタマーレビュー)
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読み終わるのがただただもったいない。いつまでも読んでいたい衝動に駆られながら、ゆっくりとゆっくりと読み進んだ。川の流れのように「前へ後ろへ」。

ジョン・アーヴィングの物語は、まさに大きな川だ。時間を行きつ戻りつ、人々を大きく包む。物語そのものの快楽を教えてくれる。それは繰り返しの物語でもいいのだ。大いなる自然や家族が人を優しく包み込むように、物語が人には必要なのだ。たとえ、いつ大切な誰かを突然失うかもしれないとしても。いや、そんな突然の喪失があるからこそ、人はその記憶を忘れないように物語を必要とするのかもしれない。

ツイスティッド・リバー(曲がりくねった川)が泥の季節、雪解けで増水して、林業の町である事故が起きる。川の下へカナダ人の少年が落ちるのだ。その川にはいくつもの命が物語のなかで沈むことになる。そして、雪と氷に閉ざされたジョージア湾のシャーロット・ターナーの島で、死んだ父親のような「風で曲がった小さな松」を見ながら、物語を紡いでいた息子の作家のもとに、天使が舞い降りてきて物語が終わる。小説の中で作家は、最初の冒頭の一文を見つけ出し、物語が始まることを確信して物語を終えるのだ。父親もまた「ツイスティッド・リバー最後の夜(Last Night in Twisted River)」から物語が始まったのだと作家は思うのだ。

ときとして、人は我々の人生のなかにいとも簡単に落っこちてくる―まるで空から降ってくるかのように、あるいは天国から地上への直行便があるかのように―同じようにとつぜんに、我々は人を失う、常に自分の人生の一部だと思っていた人を。  (下巻 P394)

落ちることもあれば、降ってくることもあるというわけだ。不幸と幸運。

ジョン・アーヴィングの小説はいつも身体的な痛みや欠損を描く。『オウエンのための祈りを』では大きくなれない小人症の障害者オウエンを登場させ、『ガ―プの世界』ではペニスを噛み切ってしまう悲惨な交通事故を(この小説でもジョーの事故死で同じことが繰り返される)描き、舌のないエレン・ジェイムス党員も登場させた。『第四の手』ではインドで腕をライオンに食いちぎられるし、『サーカスの息子』では象に足を踏まれて足が変形している乞食少年が出てくる。身体の痛みや欠損は、理不尽な暴力だったり、事故だったり、宿命だったりする。この『ある川のほとりで』でもドミニクは子供時代に片足を負傷して障害を負っているし、ケチャムは最後に左手を切り落とす。この身体性こそ、ジョン・アーヴィングの小説の特徴だ。この身体的欠損や痛みは、ケチャムにとってそうであったように取り返しのつかない物語でもあるのだ。

コックである父ドミニクの愛人をクマと間違えてフライパンで撲殺してしまう物語のキッカケとなる不幸な事故は、ドミニクが母ロージーを守るためにクマをフライパンで退治したという物語が前提になっていた。実際はドミニクがロージーと一緒だったケチャムを殴ったのだが。クマとは野性の暴力であり、それはケチャムであり、インジャン・ジェインであり、性そのものでもある。『ホテル・ニューハンプシャー』でも「わしらには、クマが必要なんだ」と語られ、クマの着ぐるみを離せない女性も登場するが、ジョン・アーヴィングにとってクマは欠かせないモチーフだ。クマと間違えてフライパンで撲殺するというのは、いかにもジョン・アーヴィング的事件なのだ。クマは野性そのものであり、暴力であり、性と欲望であり、自然の物語だ。この『ある川のほとりで』では、クマは重要な登場人物であるケチャムという存在そのものなのかなと思う。

その野性は時に犬として登場させたりもする。ケチャムが飼っていたヒーローやシックスパック・パムの犬たちは本能で争い続ける。作家ダニエルがジョギング途中で襲われる犬も野性の暴力だ。そしてその暴力の連鎖にどうやって終止符を打つかというテーマは、ベトナム戦争や9.11のアメリカが描かれることで重なってくる。カール治安官との暴力的決着も同じことだ。暴力は野性のクマのように、そこにあるものだし、身近に存在するものだ。否定することも、断ち切ることも出来ない。私たちは、そんなクマ=野性とともに生きるしかないことをジョン・アーヴィングはいつも語り続ける。

また、移民やロスト・ネーションもまた本書の重要なテーマだ。バチャカルポの出自もイタリアの移民だし、カナダから来たエンジェルもまたイタリア系移民だ。インジャン・ジェインを始め、カルメラ、ルピータやタイアレスなど母親のように魅力的な大柄な女性たちが度々登場する。いずれもインディアンや移民である。また、中国系留学生やアジア系移民も出てくる。そして、ドミニクとダニエルもまた移民のように逃亡を続け、土地を奪われ、国を移り、さすらい続ける。名前を変えながら。

ドミニクは呼称がいろいろと変わり、名前を変えるので、最初読んでいて、とてもわかりづらい。たぶん意識的なのだろう。コック、ドミニク・ガチャガルボ、ガンバ、クッキー。ダニエル・ガチャカルボは、多くはダニーと呼ばれるが、作家になったこともありペンネームでトニー・エンジェルになり、再びダニエル・ガチャカルボに戻る。名前が変わることと、移民が多く登場することはシンクロしている。いずれも土地や国を奪われ続けるさまよえる人々だ。

それに対して、ケチャムは対照的だ。土地を動かず、ケチャムの名前さえ作家ダニエルは知らない。ケチャムはケチャムでしかないのだ。「ケチャムはケチャムにしか殺せない」というフレーズが何度か出てくるが、それだけケチャムの存在感は大きい。ロスト・ネーション、インディアンの血が混じっていると揶揄されるが、ケチャムは土着の人である。名前を変え続け、住む場所を変え続けるドミニクやダニエルと対照的な存在なのだ。

この物語は言うまでもなく父と子の物語である。ドミニクとダニエル、そしてジョーの父と子。父は子を全力で守るために存在し、ドミニクはダニエルを守るために逃亡と旅に出る。ダニエルはジョーを「青いムスタング」から守ろうとするが、それでもジョーは突然の事故で亡くなってしまう。そんなドミニクやダニエルに比べて、ケチャムは強く、熊と戦い、鹿を撃ちながら自然とともに存在している。これは、書く人と自然とともに在る人との違いだ。そしてこの物語は、作家であるダニエルが、ケチャム(自然=野性=クマ)を記憶にとどめるために書いた物語でもあるのだ。

そんなケチャムもまた「左手の物語」から逃れることはできなかった。氷った川の上での美しきダンスと喪失の物語。最愛のロージーを失った悔いを、「左手の物語」として封印し、最後に切り落としてケチャムは決着させた。「ツイスティッド・リバー最後の夜」に始まったドミニクとダニエルの逃亡と冒険の物語は、カール治安官の暴力の物語から逃れられなかった。クマからフライパンで母を救うという架空の物語から始まったこの悲劇も、子どものジョーを失った哀しみも、作家は物語を書くことで乗り越えるしかない。物語は暴力の連鎖や誤解も生むが、哀しみや死を乗り越えるために力を発揮する。物語とは鎮魂なのだ。ときどき天使が空から舞い降りてくる幸運もあれば、突然の喪失の哀しみ=落下もある。そんな喪失を大きな川が包み込むように、私たちは物語を必要とする。そして、自然とともにある身体性(暴力や性や欲望)を抱えながら生きていくしかないのだ。
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76歳になる主人公の父親を執拗につけ狙ってきた87歳の元保安官代理は、コルト45の凶弾を胸にぶちこんでついにその黒い宿願を果たすが、58歳の息子であり作家でもある主人公の20口径のウインチエスター銃の3発の散弾を浴びて息の根をとめられ、親の因果が子に報いる因縁の復讐劇はとうとう幕を下ろした。

しかしいかに元警官が冷血漢で、己の愛人を寝取られ、その殺人の濡れ衣を着せられたとはいえ、およそ半世紀に亘ってその憎悪と殺意を持続し、あらゆる困難にもめげずにその復讐を貫徹できるものだろうか? 恐らくその凶悪な暗殺者の悪への暗い情熱は、同伴し続けた作者の内奥にも不気味に蠢めいているのであろう。良きものを大切に育もうとする作者の善き情熱と同じ重さで……。

哀れ我らが主人公は、父親ばかりか最愛の息子も事故で失う。そして父親の親友で主人公の親代わりだった偉大な樵ケッチャムの悲愴な最期、9.11後の母国アメリカを覆い尽くす亡国現象……相次いで襲いかかる死と人世の虚無と無常を、著者はこれでもかこれでもかと描きだす。そう。作者に指摘されるまでもなく、世界は確実に死と滅亡に向かっているのだ。

しかしながら極寒の吹雪の大空から天使が降臨し、絶望の淵に沈む主人公に愛の光を注ぎ入れるささやかな奇跡は、私たちがかつて映画「ガープの世界」の冒頭で見たみどり児のほほえみをただちに連想させ、まるでダンテの「神曲」のように地獄と煉獄をさすらうこの神話的な長編小説が、天国への見果てぬ夢を紡ぐひとの巨人的な幻想の産物であることを思い知るのである。

冬空の下、もういちど物語の素晴らしさを信じ、もういちどそれぞれの「人生の大冒険」を始めよう、と説く作者の孤独なアジテーションが、ボブ・ディランの嗄れ声のように寥々と鳴り響いている。

       宙天に孤鳥嘯く冬の朝 蝶人
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英語で読みました。翻訳のほうは分からないのですが、物語がしっかりと明確に書かれているので、間違いようがないと思います。アメリカのアマゾンレビューを読んでみると、好きな人はとても好きで、嫌いな人はダメなようです。ただ嫌いな人のレビューを読んでみるとあきらかなのが、もともとジョンアーヴイングの書く19世紀のディケンズ的な小説向きではない読者たちのようです。だから、細かすぎるとか話が長いとかといった文句が多いので、ちょっとがっかりでした。ネット文化が浸透するなか、長い小説を読む習慣はますますなくなってしまうのでしょうか。

僕が長い小説が昔から好きな理由は、長いと時間がかけられるので、あたりまえですが、登場人物をもっとよく知る事ができる。すると彼らが自分の友人のように感じられ、そうすると、彼らの世界や世界観が理解できて、自分の世界も広がる。これは短い小説にはなかなかできない。彼らの痛みを共有することで、彼らを分かるだけでなく、自分も彼らに理解されたように思える。ディケンズの小説もそうですが、ジョンアーヴィングの小説はこんな魔法を可能にしてくれる。

読み終わって、とにかく登場人物が恋しくなった。
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