子供のふとした一言。親とか祖父母が新聞に投稿。それだけに、「我が子、我が孫は天使」な気分が漂うのは致し方ないところ。さぞお可愛いんでしょうねと、暖かいまなざしを要求されるところでもあります。
しかし、中には新鮮な一言もある。
それは何と言えばいいだろう。
たとえば、巣立ちの時を迎えたひな鳥が巣穴から出て、生まれて初めて見る広い空の下に広がる光景に、しばし茫然とするという、そんな新鮮さです。
TV中継のマラソン選手がパパのパンツを穿いて走っていることを発見したときの驚き(ランニングパンツがパパのトランクスに見えたんでしょ)。
きつねうどんに乗っかっている大きなお揚げが一瞬、キツネの皮に見えてしまう。日常的なうどん屋さんの店内が俄然、非日常な空間に変貌する瞬間ではないでしょうか。
TVニュースで火事の原因を調べ中だと言っている。火事の原因は火であるはずなのに、本当はそうではないのか? という不可解さに直面したときの心のおののき・・・などなど。
こうした、小さくても世界との衝撃的な出会いの数々があります。
世界はいつか滅びるのかもしれない。そして、その引き金を引くのは今の子供たち、ないしそのまた子や孫であるかもしれない。
しかしその彼らにしても、こんなに新鮮な一瞬を経験しているのだと想像すると感慨深いものがあります。