読後感は悪くない。自分の信じる道を歩みながら夢をかなえていく話は好感が持てるし、これから翻訳者になろうという人々に希望を与えると思う。
ただしいくつかの問題点があると思ったのでそれを指摘する。
翻訳志望者が読むと「私もこの人のようにやればこの人のようになれるかもしれない」という(翻訳者としてベストセラーを出したという)実績と、「あなたも翻訳家になれる」というタイトル、帯には「買ってもらえる翻訳のコツ」「出版社への売り込み方」等々いかにも具体的なプロセスが書いてあるような雰囲気があるのだが、読んでみると売れっ子翻訳者になるにはこうすればよいという一般論に終始し、それに至る著者の経験に基づいた具体的なプロセスがほとんど書かれていないのである。
著者の方の翻訳力は相当なものだということが後半の英文とその訳文例を見ればわかる。
しかしそれ以上の踏み込みがない。
そもそも
1.著者が翻訳者を志そうと思ったときの英語力(出発点)の提示がない。「あなたも翻訳者になれる」というタイトルには「どんなに英語力の平凡な人であっても」とのニュアンスがあるが、 実際彼女が翻訳者を志したときの英語力がわからないと、読者は出発点を比較できないし、その後の「伸びしろ」も見えない(奥付けによると、著者は東京大学大学院修士課程終了なので、出発点=発射台が相当高かったのではないかと推察される)。
2.翻訳者としての実績を積み重ねていく中で、具体的に英語力や翻訳力がどう磨かれていったのかが全く描かれていない。
3.読み進めていくと、著者が出版翻訳をすることになったきっかけは結局「コネ」であることがわかる。いったん別の翻訳者にするといわれて、そこからの巻き返しのエピソードはあるものの、そこまでだ。後は「コネのない場合」についての知人からのアドバイスを書いているにすぎない。
4.1冊目を出してから20冊目までの書名は書いてあるが、それぞれについて、どういう経緯で翻訳を受注するに至ったのかについての具体的記述がないので、自分のケースと比べられない。
5.元々は実務翻訳からはじめ、翻訳会社の社長に添削された・・・と出だしは謙虚でよいのだが、その後1冊目の出版翻訳を出すと、一気に20冊目までに飛んでしまい、翻訳力が突然「一流」になっている。読者が知りたいのは、その過程なのだ。つまり、具体的にどのようなツールを、どれだけの量使ったのか、20冊を訳すに至るまでに、いったいどれだけの量の勉強をしたのか、どのような苦労があったのか、という具体論だがそれが一切ない。
6.『不都合な真実』をわずか25日で訳したとある。人に調査などを頼みつつ、講演や出張をつづけながら何とか成し遂げたとある。訳本にして325ページの本をたったこれだけの短時日で訳した事実は尊敬に値する。しかし読者が知りたいのは、具体的に著者がこの25日間をどうすごしたか。という点である。たとえば、
日々どういうスケジュールの中で、どれくらいの量を、何時間かけて訳したのか。
書籍のどの部分を何人の人に、どのような形で調査等を依頼し、著者はそれをどうチェックしたのか。
著者は第1次訳を録音してテープ起こしをしてもらうといっているが、それを出張中の移動等を使ってどうこなしたのか。
著者は1次訳、翻訳内容のチェックの後の日本語の遂行に1次訳の数倍の時間を使っているといっているが、この本の場合はどういう時間配分だったのか。
時間がないが故に端折った部分、反省点はないのか、等々
といったことだが、それらについては一切触れられていない。
7.そして最後に、反省がひとつもない。つまり、自分の成功体験を振り返って、どういう点に改良を加えるべきだと思っているのかが一言もない。
成功とはひとつのモデルであり、読者はそのモデルに近づきたいと思うものだが、残念ながら本書ではその「成功すると、夢をかなえるって素敵よ」という雰囲気しか伝わってこない。厳しい言い方をすれば、本書は、「あなたも夢を持ち続けて努力すれば、いつか運が良ければ成功するかもしれないわよ。希望を捨てないで頑張って!」以上のメッセージが伝わってこないのである。
著者が環境論という一見地味なテーマ(その後このテーマは脚光を浴びることになるが、著者はそれを狙ったわけではない)に地道に取り組む姿勢は評価できる。ただし、地道な努力を続けている著者だからこそ、地道な努力の成果とプロセスを提示してもらいたかった。
著者には是非上記の点に触れた続編を出してもらいたいと思う。