基本的に、医学は急性の症状の緩和には優れているが、
多くの癌や生活習慣病などの慢性的な疾患には
ほぼ無力である。それでも、多くの医療従事者は治療の努力を
懸命に続けている。同時に、一部の研究者が誠実にRCT研究のメタ分析を
実施して、結果として治療の有効性(最終アウトカム)が低いことを
確認し続けている。
このことは、高い能力を持った誠実な(損得を考えない)研究者であれば、
当然理解しているはずであるが、一般の人々には伝わっていない。
著者の近藤氏は、この事実を一般の読者に伝えるべく、丹念に研究論文を
調べ、自身の経験を含めてわかりやすく解説している。
これは、医学の内部にいる治療者・研究者として、とても誠実な態度であり、
非常に勇気ある行動だと思う。
近藤氏の主張は極めて明快で論理的であり、批判する人たちの論理展開には
無理があるが、いずれにしろ、どちらが正しいかは大きな問題ではない。
癌治療や癌検診の有効性を検証した多くの論文の結果は、「数千人規模のデータを
取れば、偶然による誤差とは決め付けられないくらいの僅かな効果が確認される」
という程度のものであることは、両者に共通して認識されているからである。
その研究結果の解釈として、近藤氏は、そのようなほとんど効果のない検査や
治療をすることは(一方で、副作用は多大なので)勧められない、と主張し、
科学の約束事に従う研究者は、現実には意味のないくらいの僅かな効果でも
統計的には意味があるし、(患者も治療を求めているので)治療した方が良い、
と主張しているのである。
しかし、多くの癌や生活習慣病などのような、検診で見つかる病気の治療効果に
関して、その有効性がほとんどないという事実は、厳密な研究において確認
されるだけで、一般の医者や患者には実感することができないばかりか、
逆に、とても有効だと思い込んでしまうシステムが出来上がっているため、
近藤氏の主張が広く受け入れられることは、残念ながらあまり期待できない。
そのシステムとは、健康な人に検診を受けさせ、病気の診断基準(検査の数値基準)を
どんどん低くして、病人を10倍に増やすことである。
同じ病名がついていても、本物の(致命的な)病気は一部だけで、多くの場合は
ただ検査の数値が高いだけ(その多くは老化現象)という問題提起を、
近藤氏は本書で、癌に関して、がんもどきという言葉で訴えているのである。
著者は、別の書籍で、多くの生活習慣病についても同様の指摘をしている。
読者は、それが真実なのかどうか、自分で調べて判断してみてほしい。
たとえば、高血圧症の9割近くが本態性(原因不明)で、中高齢者の血圧の平均値は
高血圧症の基準(収縮期140)より高い、緑内障と診断される人の9割以上の眼圧は
正常、などの事実に次々に直面して、少なくとも医療を盲信することはできなくなる
のではないだろうか。
なお、著者は、無駄な検査や治療を患者に行う医療関係者に対してネガティブな
評価をしているが、その点に関しては同意できない。実際のところは、悪意を持って
治療しているわけではなく、多くの医療関係者は、自分たちのしていることは有効だと
信じているのだと考えられる。
検診で病人を10倍に増やすシステムは、治療効果を医者や患者に実感させるために、
とてもうまくできている。
例えば、ある病気のマーカーの数値が(潜在的に)高い人が1100人いて、
その内100人が医学的な検査や治療を受けたとする。その内1割が本物の致命的な病気で、
9割は放っておいても大丈夫な「もどき」だとすると、治療に全く効果がない場合でも、
治療した患者の9割は元気である。一方、残りの1000人のうち、9割は元気なまま
なので医者にはかからず、悪化した1割(100人)だけが病院に来ることになる。
この現象は、医者や患者の立場では、ちゃんと検査・治療を受けた100人は
9割が元気なのに、治療を受けずに悪化してから受診した100人は、ほぼ全員
ひどい状態になっている事実として体験され、全く意味のない検査や治療でも、
その顕著な効果を実感することになってしまう。
医者も患者も効果を実感して喜んでいる検査や治療に対して、
「それは意味がない」という近藤氏の主張は、感情的には受け入れがたい
ものであろう。はじめに書いたように、高い能力を持った誠実な
(損得を考えない)研究者以外には理解されないかもしれない。