再々読。朝日新聞に連載していた頃から読んでいたのも数えると、再再々読になる。
残りを晩飯の数で数えるのは風太郎翁の諧謔で、題名を読むたびに鼻の奥がツンと熱くなる。
『つひにゆく道とはかねてききしかどきのふけふとはおもわざりしくを」
糖尿病になると厭世的になるそうである。
できたことができなくなる。できなかったこともできなないことで気に病む。
山上億良は、こう悲しんだそうだ。
「四肢動かず百節みな痛み、身体甚だ重く、なお鈞石(きんせき)を負へるがごとし。
布にかかりて立たむとすれば翼折れたる鳥のごとく、杖によりて歩まむとすれば
足跛(な)えたる驢(うさぎうま)のごとし」
風太郎翁の場合、視力の異常も、指の痺れによる書字の困難も頻尿もみな、根源は糖尿病であった。
私も同病であるが、下肢と足に薄皮が一枚まとわりついているような違和感と痺れ、
年甲斐もない無惨な体重増加。高血圧は同じ源である。
糖尿病になっても、結局翁は食餌療法を守る事がなかった。
『健康になって死んで行くのは嫌なのです」