三億二千万円という空前の値がつけられた競走馬セシアが、馬主の一人・
鞍峰の牧場に移される途中で不慮の事故に遭い、足の骨を折ってしまった。
他の馬主に知られたら、多額の弁償を強いられることになる――そうした事態を
恐れた鞍峰は、競馬秘書の朝倉が考え出した狂言誘拐――セシアを盗まれた
ていにして身代金を要求する――を実行し、何とか責任逃れをしようと画策する。
2億円の身代金を要求する脅迫状を馬主たちのもとに届けるが、実際には身代金の
受け渡しは行わない――というのが、朝倉の立てた計画だったのだが、その計画が、
何者かに洩れていて……。
狂言誘拐を扱った倒叙ミステリで、中盤からは、朝倉たちの計画を知り、裏で
暗躍しているのは誰か?――というフーダニットの要素も盛り込まれています。
また、競馬場ならではの身代金受け渡しのハウダニットは、極めて秀逸な
トリックで、乱歩賞選考の際になされた批判――前例があり、しかも現実
には実行不可能――が、いかに的外れなものであったかがよくわかります。
終盤には、事件の構図を反転させる、鮮やかなどんでん返し
も用意されており、最初から最後まで読者を退屈させません。
作者の美質が凝縮された、知的エンターテインメントの傑作です。