あしたのジョーは死んだのか?この不朽の名作は見る度に変わらぬ感動と問いかけを与えてくれる。
「・・まだだ。まだ、真っ白に燃えてねぇ・・。」
最終話でセコンドのおっつぁんに言うこのセリフ。原作のちばてつや先生はこのラストシーンを描くにあたり気力体力の限界まで振り絞ったと述懐していた。のりちゃんとデートの後、
「矢吹君、矢吹君は楽しいことはないの?いつもワセリンと松ヤニの匂いのする暗いジムで、来る日も来る日もトレーニングばかり、たまに明るい所に出たと思えば、そこは血と汗にまみれたリングの中。惨めだわ・・、青春と呼ぶにはあまりにも。」
そして丈は紀子に応える。自分はリングの中で、何度も何度も見てくれだけのぶすぶす燃えるような感じではなく、一瞬だけども真っ赤に燃えあがる充実感を感じていたと。そして後に残るのは灰だけだ。真っ白い灰だけが残る。そう答えた。少年マガジン連載中、ちば先生の担当記者はこれこそが「あしたのジョー」の
テーマではないか?そう先生に語ったという。
1つの漫画が終わりを迎えるにふさわしい最期、あのラストシーン誕生の秘話と聞く。
「あしたのジョー2」はその連載終了より数年を経て制作された。二人の原作者、そしてアニメ旧シリーズ、そして続編の制作。演出を担当した出崎統は劇場版と並行した過密なスケジュールの中であのラストシーンにひとつの解釈を加えたという。最終話のエンディング「果てしなき闇の彼方に」は従来のものから差し替えられている。夕日の中旅立つジョーの姿にカメラはズームで寄っていく。その人影がジョーかどうかも判らないが、劇中で言うように「今度も北へ行ってみるか・・。」という矢吹丈の旅立ちなのだという。
本編ではリングサイドで騒然とする中、葉子はジョーから貰ったグラブを落とす。
あしたのジョーは死んだのか?人の心からその人の想い出が失われて行くことが死ではないかと思う。野菊島の東光特等少年院で力石と出会い、奴を倒したいというそれだけの想いからボクシングを始め、方やその力石も減量の地獄を乗り越え、ジョーとの奇妙な友情をまっとうし、壮絶な試合の後永遠に帰らぬ人となった。カーロスとも互いに不遇の身の上に似たもの同士、世界戦を控えながらもリングでの決戦に臨んだ。
ゴロマキ権藤も、ルポライターの須賀も、ボクサー矢吹丈に惚れ込み陰ながら見守る。山谷の涙橋の住人たちや子供たち、最後のキャンプで世界選の健闘を祈り応援を受けるジョーと段平。そして、どこか互いに似ていたから、気が付かないうちに大事な気持ちに気付いた葉子。そして、紀子。多くのひとの声援を受け
ジョーは全速力で青春という季節を駆け抜けた。
その姿、その姿が、俺には忘れられない。
たくさんのみなさまにご覧いただきたい作品です。
作画にあたったスタッフのお一人お一人は後年、他の作品で大活躍をされたみなさんが関わっているとこに
改めて感心と驚き、高森、ちばの両先生、出崎、杉野のお二方の入魂のお仕事にひたすら脱帽いたします。
2011年、永遠となった出崎統。本当に寂しいです。改めて、ほんとうに心にいつまでも残る作品をありがとうございました。