せつない曲の時には、「せつなさが際立つ繊細な声だなあ。」と思う。
楽しい曲の時には、「楽しさが際立つ朗らかな声だなあ。」と思う。
特に声色を使い分けるような、もしくは演じて歌うタイプの歌い手ではないのだが。
しかし、どんな曲でも、その曲の、空気感や、メッセージが際立つ。
たぶん、ひたすら、「そのまま」、「ダイレクト」なのだろう。
何を計算するでもなく、何か技巧に走るわけでもなく、
まぎれもなく、本人の本心が、歌っているのだろう。
究極の「本人歌唱」である。
いや、楽しい曲を楽しい声で、切ない曲を切ない声で、って、
当たり前のように思えることなのだが。
しかし、聴いている人間に、心の震えまでもが伝わるような声、
というのは、なかなか無いような気がする。
「直」の歌だから、そこまで伝わってきてしまうのだ。
「なんにだってなれるぜ どこへだって行けるんだぜ」(「光と影」)
そんな真っ直ぐな言葉は、普通だったら、ちょっぴり気恥ずかしくて、
直球ど真ん中に受け止めることなんてできないものなんだが。
永積崇の声だったら、ちゃんと「わかる」のだ。真ん中に届くのだ。
しっかりここに受け止めて、
本当に、「なんにだってなれる」し、「どこへだって行ける」ような気持ちになる。
そんな気持ちになって、胸が、きちんと熱くなるのだ。
いい歳のオッサンである私の胸も。
ただひたすら素直に、
音楽っていいな、って、思わせてくれる、ハナレグミのアルバムでありました。