内容(「BOOK」データベースより)
ラッパの音に導かれ、豊かさを求めた先で、純真な少年を待っていた過酷な運命とは―戦中、義勇軍として自ら志願し満州へ渡った著者が、故郷や家族への想いを抱え、飢えや病に耐えながらも、人間としての限界の境地で生きぬいた貴重な戦争の記憶を描く。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
中村 秋雄
長野県飯田市上郷黒田、昭和2年10月10日生まれ。昭和9年飯田市上郷尋常高等小学校入学。昭和17年飯田市上郷尋常高等小学校卒業後、2年間、家事(農業)手伝い。昭和19年3月満蒙開拓青少年義勇軍として茨城県茨城郡内原訓練所入所。長野七中隊(両角中隊)=中隊長=両角昌助、他幹部4名、隊員269名。2カ月の基礎訓練を終え、昭和19年5月23日渡満。昭和19年5月27日(海軍記念日)、満州国北安省慶安県青年義勇隊鉄驪訓練所、第二大隊第十一中隊(訓練所所長は家所退役陸軍少将)へ入所後、炊事班勤務。昭和19年10月、再訓練生として5名(自分も入れ)で、黒河省曖琿県義勇隊朝水特別訓練所に移動。6カ月勤務。昭和20年5月、すでに両角中隊は優秀中隊で、三江省湯原県老速。適性規模三江訓練所へ移行していたところへ原隊復帰。昭和20年8月9日、ソ連軍が近くのジャムスへ侵攻。砲撃が始まったためハルビンへ避難。6日後終戦を知る。ソ連兵に連行され牡丹江へ行き、またハルビンに戻りソ連兵の使役となる。その後、中国人の店で働く。昭和21年10月7日帰国。昭和25年5月、愛知県にて洗剤(粉石鹸)の営業。その頃佛教、歴史に興味をもち不思議なこともあった。平成8年7月故郷長野県へ戻り、飯田市に在住(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)