本作は1984年東宝製作の映画「ゴジラ」ですが、私個人としては歴代ゴジラシリーズの中で最も気に入っている作品の一つです。
確かに、他のレビューの方々が指摘しておりますように、本作は、ゴジラの造りや動きに生物学的見地からいって、かなり無理があったり、ストーリーや演出が政治的過ぎたり、また、現代都市の摩天楼の中に体高80mのゴジラを配置してしまうと、やや迫力不足に見えてしまったりするなど、「つっこみどころ」は満載な作品ではあるのですが、初代「ゴジラ」以来殆ど地球や人類の味方と化していたゴジラが、原点である文明や人類を超越する脅威として甦っている点は特筆すべき点であると思われます。
加えて、歴代ゴジラシリーズはシリーズが持続すればするほど、得てして低年齢向けに製作されていく傾向がある中で久々に現れた重厚で、悲壮で、一筋縄では理解できない難儀さを醸し出している大人向けの「ゴジラ」であるとも言えます。
本作が発表された1984年は冷戦末期とはいえ、米ソの世界覇権を巡る緊張関係は続いており、そういった中で核ミサイル原潜や戦術核、弾道ミサイルなどのテーマと、核によって悲劇の誕生を遂げたゴジラをつなぎ合わせるのは、ある意味で運命であり、必然性のあるシナリオであると言えます。また、何より、肉親を殺されたことによるゴジラへの恨みと、核実験が行われるまでは平穏に静かに暮らしているも、人間の「文明・進歩」という名のエゴイズムによって怪物「ゴジラ」へと変貌させられてしまった生き物の哀しく激しい怒りの慟哭への同情の二律背反の中で苦悩する林田教授が、時折見せる(感情的な周囲とは対照的なほど)深刻で悲壮な表情、また、日本国の最高責任者として「敵」であるはずのゴジラと対峙してきた三田村首相が、三原山にゴジラの消えゆく姿を見て流した涙は、初代「ゴジラ」の山根博士の見せた苦悩にも通じる、我々への重いメッセージとは言えないでしょうか。
(追記:林田教授にせよ、三田村首相にせよ、山根博士にせよ、最近では余り見かけることのない本物の「大人」の姿がそこにはあります。弁舌さわやかでもなければ、俊敏でもないけれど、心の底で揺ぎ無い信念を持ち、苦悩しつつも真摯に現実と向き合う「大人」の姿です。このような「大人」は、表面的なパフォーマンスが持て囃される現代の流れの中では、今後、お目に掛れないのかも知れません...。こういった角度から本作をご覧になっても面白いものですよ。)
いずれにせよ、私は本作を正統派の「ゴジラ」を体現する作品の一つとして強くおススメ致します。