著者の藤永 茂は、コンラッドの『闇の奥』の新訳を出版した量子化学専攻の元カナダの大学教授である。本書では、コンラッド有罪説の観点にたち、作家と作品の背景を鋭くえぐりだした。ベルギー国王がアフリカに対していかなる悪事を犯してきたのか、そしてコンラッドやアーレントのような西欧的知性はそのような悪事や人種差別にどのような態度をとったのかを的確に論じたのである。コンラッドの著作は、英文学の正典であるばかりでなく、サイードらが好んで取り上げたものである。本書は、英文学研究者ばかりでなく、多くの人に読まれるべきものとなったのだ。
ここで大いに強調しておかなければならないのは、藤永茂は理系の研究者であり、いわゆる文学者ではないということだ。アマチュア研究者だからこそ、チョムスキーのように分かりやすくてシンプルな議論を展開しているのだ。我々は、アカデミズムの呪縛から解き放たれた、アマチュアリズムに基づく明晰な証言をここに見いだせるともいえるであろう。おそらくアカデミズムや専門家の大半は黙殺するであろう。しかし、勇気あるものは、この書物に書かれている指摘を真剣に受け止める必要がある。
真摯な英文学研究者ならば、サイードのコンラッド論を超えて模索していかなければならない。本書はそのためにも役に立つ。もちろん、文学を超えて、普遍的人権の確立を願うものにとっても。