昭和の日本の文化潮流を分類すると大きくは二つある。ひとつは、岩波書店、朝日新聞社、帝大卒業者を中心としたドイツ哲学に基盤を置く左翼インテリ文化、もうひとつは新青年、早川書房、早慶卒業者を中心とした英米の文化に基盤を置く都市インテリ文化。
昭和31年、経済白書が「もはや戦後ではない」と、日本が戦後の荒廃から立ち上がったことを宣言した年に誕生し、東京オリンピック開催年である昭和39年まで発行されたサントリーの広報誌「洋酒天国」は、明らかに後者の潮流のなかの中心に位置するもののひとつだろう。行動派の作家である開高健、『江分利満氏』シリーズで新しい時代の思考や風俗を描いた山口瞳、植草甚一、柳原良平、山川方夫など、この時代の都市文化を担った新しい知識人たちがこの雑誌で活躍していたのだ。私自身は幼少の時代なのでハッキリした記憶がないが、父や叔父たちがこの雑誌を楽しみにし、大事に保管していたことを思いだす。
さて、本書であるが、『洋酒天国とその時代』というタイトルのわりには、「その時代」はあまり描かれていない。各章毎に、「洋酒天国」にかかわった人たちをひとりづつ選んで叙述しているのだが、著者が実際にその人たちとかかわった断片的なエピソードが多い。また、同じ話が人物がかわるたびに出てくるので、叙述のダブリも多い。「その時代」がどんな時代で、「洋酒天国」がどう時代のなかにあったかという観点が希薄で、分厚いわりには内容は薄い。期待して読んだのであるが、正直、ガッカリであった。
サントリーという企業や「洋酒天国」にかかわった人たちにはなつかしい話が書いてある本で意味があるかもしれないが、『洋酒天国とその時代』というタイトルに意味されるようなひとつの時代を描いた本を期待する人にとっては、読む価値は乏しいだろう。