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『坂の上の雲』と司馬史観
 
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『坂の上の雲』と司馬史観 [単行本]

中村 政則
5つ星のうち 3.2  レビューをすべて見る (5件のカスタマーレビュー)
価格: ¥ 1,890 通常配送無料 詳細
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『坂の上の雲』と司馬史観 + 司馬遼太郎の歴史観―その「朝鮮観」と「明治栄光論」を問う
合計価格: ¥ 3,675

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商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

司馬遼太郎の『坂の上の雲』を歴史家はどう読むか。祖国防衛戦争としての日露戦争観、「明るい明治、暗い昭和」、そして様々な史実との向き合い方…。国民的作家が自ら「事実に拘束されることが百パーセントにちかい」としつつ執筆したこの歴史小説のどこに注目すべきか。近年の史学界の研究成果も交えながら、冷静かつ多角的に論じる。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

中村 政則
1935年、東京に生まれる。一橋大学大学院経済学研究科博士課程修了。一橋大学経済学部教授、神奈川大学特任教授などを経て、一橋大学名誉教授(日本近現代史専攻)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

登録情報

  • 単行本: 241ページ
  • 出版社: 岩波書店 (2009/11/14)
  • ISBN-10: 4000230298
  • ISBN-13: 978-4000230292
  • 発売日: 2009/11/14
  • 商品の寸法: 19 x 13.6 x 1.6 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 3.2  レビューをすべて見る (5件のカスタマーレビュー)
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19 人中、18人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
形式:単行本
司馬さんの歴史小説を読んで、その時代の歴史に興味を持った方に、歴史研究とはどのようなことなのかを垣間見せる良書と思います。
小説では、一面的あるいは特定の人物にフォーカスを当て、読みやすい形で表現されますが、歴史研究となれば、周辺の状況や背景への深堀が必要になることは言うまでもありません。
歴史家それ自体にもいろいろな見方をさせる方がいることも事実です。
こういった諸々を捉えてこそ、歴史ファンと言えるのではないでしょうか。
このレビューは参考になりましたか?
15 人中、14人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By ぽるじはど トップ500レビュアー VINE™ メンバー
形式:単行本
 歴史小説は、歴史時代の完全な再現は不可能だとしても、歴史学の到達したところを尊重し、史実に忠実に残存する資料を慎重に扱うべきであり、司馬作品も本人が100%近く史実に拘束されていると書いている。
 ところが司馬作品は、産経新聞記者としての読者配慮からか、読者への過剰サービスが行き過ぎ、歴史事実の選択を恣意的で作為的なものとし、日本人にとって辛くて暗い、戦争の最大の犠牲者である民衆や植民地民族の版帝国主義闘争など、読者が逃げるような記述は避け、いうなれば安心史観をベースにしたエンターテイメントにしているのである。
 それを著者は膨大な史料を使い、幾度も司馬作品を読み返して、誤りを指摘する本書を執筆した。
 
 これに反論する形での「小説なのだから面白ければいい」との声には、司馬を賞賛しているようでその実三文文士並みに扱っている事になると著者は言う。

 終盤では、最近は大人しい藤岡信勝拓殖大学教授をも、司馬の受け売りだが、アジア太平洋戦争においては、司馬と異なり右翼民族主義者に限りなく近く変質し、「師の徳を損なう結果を生んでいると言わざるを得ない。」(国弘正雄)と小気味よく斬っている。

 勘違いしてはならぬが、著者は佐高信のように司馬を忌み嫌って本書を書いているわけではなく、司馬との対話として書いているのである。
 故に司馬ファンにとっても本書は、司馬作品の解説書としても、司馬をもっと知る上でも読まれるべき本であろう。
このレビューは参考になりましたか?
2 人中、2人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By Gori トップ500レビュアー VINE™ メンバー
形式:単行本
誤解を恐れずに言えば司馬史観とは「明治の日本人は偉かったが昭和になって腰抜けに成り下がった」
というものであると、僕は理解していた。本書の著者はその司馬史観を「明るい明治」「暗い昭和」
と表現する。
この司馬史観は、わかりやすいが、わかりやすさに潜む誤謬を含んでいると僕は思う。

歴史小説家としての司馬遼太郎氏は、「十割近く事実に拘束されて書いた」というが、
本当にそうだろうか、本書を読んでみても、僕にはそうだとは思えない。
事実とともにナショナリズムや自分が理想とするイデオロギーに縛られていたのではないか。
もうひとつ、司馬氏は、エンターテインメント作家としての資質にも縛られていたのではないか。

おそらく司馬氏は司馬史観などというものはないというに違いないが、
事実の欠損を作家の想像の力で埋めていかなければならない小説執筆において
史観のない歴史小説など存在しえないのである。

この歴史小説の執筆の姿勢について同じく歴史小説家である吉村昭氏は次のように言う。
「事実が骨法、事実と事実の間を生めるのは作家に与えられた最大の楽しみ、
 その想像を邪魔するときは、事実を切る」
僕は、深く吉村昭氏を支持する。
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