ハリウッドや欧州の映画だけに偏らない著者ならではの視点で捕らえた
『七人の侍』を見つめなおす作業は、第一章、第二章と面白くワク
ワクさせられる導入。途中、「描かれない敵」「菊千代を挟んだ百姓と
侍の断絶」等々、どこかで見た『七人の侍』評論の繰り返しで中だるみ
するが、最終的に晩年の『夢』の最終話に結びつけた『服喪』という
キーワードが新鮮で、最後まで一気に読めました。
ただ、あちこち、例えば最後の戦闘が終わった後に登場人物の勝四郎が、
勝利の「感激のあまり狂ったように泣き叫ぶ」等々細かいディティール
の説明に違和感を感じてしまう部分があったのも確か。もちろん、個人差
はあるのでしょうが、あの叫びを「感激」と捕らえる人がいるということ
自体がそれこそ新鮮な驚きでした。また、久蔵の登場場面を、決闘後、
「吹き荒ぶ風の中を静かに去っていく」と表現するなど、同じ映画を見て
いるとは思えない表現があちこちで散見されるのも気になるところです。
もしかしたらシナリオをそのまま引用しているのかもしれませんが、作品
として出来上がった映像との対象比較でならともかく、実際のスクリーン
とは違ったものを論拠とするのはいかがなものでしょうか。
それと、「野伏せり」を「野伏せ」と繰り返し表現するのはどうしてなんでしょうかね。
校正のミス? それとも何か意図が?