思春期前後の若者たちによる野宿者の襲撃を主題に、ときには殺人へと至るこうした凄惨な事件が、決して特殊な集団による特殊な事件なのではなく、今日の「普通の社会」における弱者による弱者への暴力として位置づけ、そのメカニズムを粘り強く解きほぐした好著。
著者は野宿者ネットワークや釜ヶ崎・反失業ネットワークで活動する実践家であり、哲学研究の分野で知られる評論家でもある。
前篇では野宿者襲撃をめぐる社会的コンテクストと襲撃する側の心的機制の解明を重点的に扱い、後篇では著者自身が大阪市内の中学、高校生を対象に行なっている「野宿者問題の授業」のアンケートや対話を通じて若者たちの心理の側からのアプローチを試みている(なお、巻末には付録として「野宿者問題の授業」が収録されており、「野宿者問題」について不案内な読者はこちらを先に読むことが勧められている)。
著者自身の体験も織り交ぜながら具体的な事例を挙げる語り口には説得力があり、また、学校での「いじめ」問題と同じく野宿者襲撃もまた、同質的社会における排除の構造であることが解き明かされることで、「野宿者問題」への理解の糸口として非常に有益な一冊だろう。
だが、著者自身も本書中で指摘しているように、日雇い労働者中心だったかつての「野宿者」が社会変容の中で低年齢化、多様化(女性野宿者の増加や家族まるごとの野宿生活化等)が進み、それに伴い「襲撃」の質も近い将来に変化されることが予想されるなど、野宿者をめぐる現状は決して明るい見通しを持つものではない。
そのため、本書は「野宿者問題」をめぐる現状報告とその分析という範疇を出るものではないのだが、一足飛びにこうした問題を解決する手段がない以上、それは仕方のないことだろう。そうした苦い現実を踏まえつつなおこの現実と対峙する方途を探るためにこそ、本書は読まれるべきだ。