著者は、グローバル化を進める現代文明は全てにおいて根本的に間違っていると断罪する。それでは私たちはどこに新しい思想を紡ぎはじめるべきなのか。著者はグローバルの対極にあるローカルなもの=「里」という概念から私たちが進むべき方向を説き示す。
人間の歴史・自然の歴史・世俗の歴史・霊的な歴史など、本来は多層的な時間の流れ多層的な歴史を、ひとつの歴史に統合することによって近代社会はつくられた。そしてひとつに統合された歴史は文明の発展を唯一の目的とした。
しかし21世紀の現在、『近代的な市民社会の形成が孤立した不安な個人をつくりだし、人間的な自由の確立がエゴイスティックな個人をつくりだし、自然の自由を奪っていった。近代的正義が、正義の名を借りた戦争を生み出しつづけた。そして現代文明の発展は間違いなく環境を悪化させる。p215』
著者は、ローカルな思想から「折り合いをつけながら生きることが可能なこと=そうするしか方法がないこと」と、「折り合いのつけられないこと=対決するしかないこと」を、私たちが見定めることが重要だと説く。
著者は最後に下記の言葉で締めくくっている。一見悲観的に読めるが全編を読んだ方には、「発展史観の消費する時間」への決別と、「風土との関係性の中に蓄積する時間」への志向が読み取れるはずだ。
『素晴らしき末来を提示し、そこにむかって人々を誘導する方法を、私たちは捨てなければいけないのではなかろうか。その意味で、私は、末来を喪失させようと思う。p216』