論語の入門書にして論語論である。ただ教科書的な概説を期待していると、やや、違う。
1節1節の解説ではない。むしろ、論語を読む前の下地的な教養だ。さらにそれをもって論語観が展開している。それによって読み方、解釈のヒントになり得るもの。
法家と対立した背景に合点がいった。儒家ってすごく保守的だということが分かったが、後世、儒家の流派のひとつが、とても過激になったのは、どうしてなのかな。知行合一論の契機になったことも説明がある。極めて実践的な書なのだと。「実践的」を徹底すれば知行合一論になり、それを推し進めると過激になるというわけか・・・。
なぜか俗を、礼を重んじたのかの説明も合点のいく説明だった。自分の死の恐怖から逃れるために、子どもからお祭りをしてもらいたい。子どもにしてもらうために、模範として自分が先祖を大切にしているところを見せておくことになった、という説明は、表面的なきれいごと的な、人生訓的な解説を完全に脱却していて、気持ちがいい。
「論語」を聖典化し、孔子を聖人化されているが、実物はあまり神秘的なところはなく、むしろ人生を上昇的に生きていくための実践の書と喝破する。なるほど、だから財界人たちが夢中になって読んできたわけだ。
貝塚もいっているが、合理的な孔子も唯一、神秘的なところがあるとすれば、天子が人間を動かしていると、当時の中国人みなそうだったように、孔子もまた信じていた節があるという。逆に言えば、この合理主義が論語をリアルにさせているのだろうということも分かった。
ライバルの道教は、裕福層のいけすかない高等趣味だということも分かった。
入門者であるわたしには、びっしりと学ぶところの多い本書だった。