出版社/著者からの内容紹介
「そのプレーの意図は?」と訊かれたとき、監督の目を見て答えを探ろうとする日本人。一方、世界の強国では子どもでさえ自分の考えを明確に説明し、クリエイティブなプレーをしている。
日本サッカーに足りないのは自己決定力であり、その基盤となる論理力と言語力なのだ。
本書は、公認指導者ライセンスや、エリート養成機関・JFAアカデミー福島のカリキュラムで始まった「ディベート」「言語技術」といった画期的トレーニングの理論とメソッドを紹介する。
日本サッカーに足りないのは自己決定力であり、その基盤となる論理力と言語力なのだ。
本書は、公認指導者ライセンスや、エリート養成機関・JFAアカデミー福島のカリキュラムで始まった「ディベート」「言語技術」といった画期的トレーニングの理論とメソッドを紹介する。
内容(「BOOK」データベースより)
「そのプレーの意図は?」と訊かれたとき、監督の目を見て答えを探ろうとする日本人。一方、世界の強国では子どもでさえ自分の考えを明確に説明し、クリエイティブなプレーをしている。日本サッカーに足りないのは自己決定力であり、その基盤となる論理力と言語力なのだ。本書は、公認指導者ライセンスやエリート養成機関・JFAアカデミー福島のカリキュラムで始まった「ディベート」「言語技術」といった画期的トレーニングの理論とメソッドを紹介する。
著者について
田嶋幸三(たしまこうぞう)
1957年熊本県生まれ。日本サッカー協会(JFA)専務理事。JFAアカデミー福島スクールマスター。76年浦和南高校主将として全国高校サッカー選手権優勝。筑波大学大学院修士課程体育研究科修了後、古河電工に入社、日本代表フォワードとして活躍。83~86年西ドイツのケルン体育大学に留学し、B級コーチライセンスを取得。帰国後、筑波大学、立教大学でサッカー部コーチ、立教大学助教授、筑波大学客員助教授などを経て2001年U‐17日本代表監督として世界大会出場を果たす。JFAの各種委員を歴任し、日本代表の強化や若年層の育成に取り組んできた。2006年から現職。
1957年熊本県生まれ。日本サッカー協会(JFA)専務理事。JFAアカデミー福島スクールマスター。76年浦和南高校主将として全国高校サッカー選手権優勝。筑波大学大学院修士課程体育研究科修了後、古河電工に入社、日本代表フォワードとして活躍。83~86年西ドイツのケルン体育大学に留学し、B級コーチライセンスを取得。帰国後、筑波大学、立教大学でサッカー部コーチ、立教大学助教授、筑波大学客員助教授などを経て2001年U‐17日本代表監督として世界大会出場を果たす。JFAの各種委員を歴任し、日本代表の強化や若年層の育成に取り組んできた。2006年から現職。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
田嶋 幸三
1957年熊本県生まれ。日本サッカー協会(JFA)専務理事。JFAアカデミー福島スクールマスター。’76年浦和南高校主将として全国高校サッカー選手権優勝。筑波大学大学院修士課程体育研究科修了。古河電工に入社し、日本代表フォワードとして活躍。’83~’86年西ドイツのケルン体育大学に留学し、B級コーチライセンスを取得。帰国後、筑波大学、立教大学のサッカー部コーチ、立教大学助教授、筑波大学客員助教授などを経て2001年U‐17日本代表監督として世界大会出場を果たす。JFAの各種委員を歴任し、日本代表の強化や若年層の育成に取り組んできた。2006年から現職(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1957年熊本県生まれ。日本サッカー協会(JFA)専務理事。JFAアカデミー福島スクールマスター。’76年浦和南高校主将として全国高校サッカー選手権優勝。筑波大学大学院修士課程体育研究科修了。古河電工に入社し、日本代表フォワードとして活躍。’83~’86年西ドイツのケルン体育大学に留学し、B級コーチライセンスを取得。帰国後、筑波大学、立教大学のサッカー部コーチ、立教大学助教授、筑波大学客員助教授などを経て2001年U‐17日本代表監督として世界大会出場を果たす。JFAの各種委員を歴任し、日本代表の強化や若年層の育成に取り組んできた。2006年から現職(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
抜粋
サッカーにおいては、論理的な思考が求められます。なぜならサッカーは、スピーディーなゲームの最中に究極の判断を求められるチームスポーツであり、刻々と変化していく局面に対してその都度、自分の考えを明確にし、それを相手に伝えていく必要性が生じるからです。こうした姿勢や対応能力は、日本人がこれまで最も苦手にしてきた領域だといえるでしょう。(「はじめに」より一部改変して抜粋)