同じ著者による『
煩悩リセット稽古帖』があまりにすばらしく期待して読みましたが、見事に裏切られました。
「本音なんてクダラナイ」(p.32)、「批判、悪口、大差なし」(p.66) などと書きながら「や、別に天皇という人間のことを好きなわけではないけれど(以下略)」(p.58) と思いっきり「自分濃度」の高い発言を堂々とされているのは、いかがなものか。他の方も「自己矛盾」と表現されていますが、「不幸マゾヒズム」(p.38〜) という章で書かれていることとあまりに矛盾していると思うのは私だけか?
天皇陛下の話法について語るならそのことについてのみ語ればいいのであって、いちいち天皇陛下を好きか嫌いかなどと記す必要がどこにあるのか、意味不明です。
結局は仏門にあってたくさん著作物を世に送り出したり、講演をされている方たちって、他人よりも俺は知っている。怒らない自信がある。平常心でいられる、といった自己顕示欲が増殖するのか、怒らないようにしましょう、という人に限って意外と物事に対してオープンでなかったりします。少なくとも、この本を読むかぎりにおいて、著者もそのような種類の人間に思えてしまうのが残念です。
巻末の対処方法、特に呼吸法などは本当にためになる内容だけに、どうして自己矛盾いっぱいの「意見」を述べてしまうことになったのか、知りたい。「意見あるところに欲あり」(p.33) なんて名言まである本なのに、どうして天皇が好きではない、などと書いてしまう著者がいるのだろうか。