本書は仏教、心理、遺伝、神経科学など、さまざまな見地から人間の脳の持つ可塑性と、それがもたらす人間の可能性について説明した力作です。
私にとっては、衝撃的な作品でした。むしろ、これまでの考え方、つまり人の心の持ち様、精神の有り様が、人体とりわけ脳に与える影響について、非常に過小評価されてきたというところでしょう。特に、次の一節には感動しました。
P225 物質を凌駕する心
ロポンラは中国当局によって18年間投獄された後、解放されてインドに逃れ、その20年後にダライ・ラマと再開した。ダライ・ラマは「まったく変わっていないように見受けられました」と友人のヴィクター・チャンに語っている。「長い年月投獄されていたのに、ロポンラは昔と変わらず頭脳明晰で、穏やかな僧のままでした・・・・・獄中で何度も拷問を受けたといいます。怖いと思ったことはないのですかと尋ねると、『はい。一つだけ。自分が中国人に対して思いやりを失うかもしれないというおそれです』という答えが返ってきました。私は深く感動し、同時に励まされました・・・・・獄中で寛容であることがロポンラを助けたのです。寛容であったために、中国での体験がさらに悪いものにならずにすみました。頭も心も、さらなる苦しみを受けることはありませんでした」
私自身も心療内科に通院していた時の経験から、治療といえば投薬が中心であり、他ならぬ精神科医自身が、人間の精神に対して無頓着に見えたものでした。結局のところ、程度の差こそあれ、自分が抱える問題は自分で向き合うしかない…その意味でも、本書は人間を勇気づけてくれる本であるといえます。それも科学的な見地からの説明なので、説得力を感じさせます。アスリートが体を鍛え、ミュージシャンが楽器を弾きこなすように、我々もトレーニングによって情動を再形成することができるようです。
具体的なメンタルトレーニングの一例として、仏教徒の“慈悲の瞑想”が挙げられています。何かに意識を向けるということ、注意力、継続的な訓練や努力が、脳に変化を引き起こす上で、非常に重要な役割を果たしているそうです。
本書で行われたような研究がさらに発展し、我々の精神生活の向上につながることを願います。