周知の通り、化学chemistryはその語源をアラビア語で錬金術を意味することばal kimieに
持つ。十字軍遠征の後、ヨーロッパへと持ち込まれたこの中東の叡智はやがて化学として
花開くこととなる。
それは化学か、錬金術か、魔術とも、科学ともつかぬ、「絶対」の探求に魅入られた男
バルタザールの生涯を辿る本作品。
この「絶対」を前にしては、富も名誉も、果ては妻子の愛や幸福さえも、所詮は取るに
足らぬもの――19世紀のフランドルを舞台に、「絶対」に翻弄される数奇な運命の軌跡を
バルザックの華麗な文体で描き出した傑作。
孤高の知性を主題にすることにおいて、まず何よりも参照されるべきはセルバンテスの
『
ドン・キホーテ』。
「賢者の石」をめぐる壮大な知の歩みである錬金術を単なる贋金作りと誤解することなかれ。
例えば精神分析学者カール・グスタフ・ユンクの研究によって知られる通り、
錬金術は的確にして豊かな想像力の宝庫。
この神秘の世界を覗き見れば、本小説はなおいっそうの奥行きを増す。