結婚式教会という建築物のカテゴリーがあるというのを改めて知った。そこには信者は不在で、結婚する新郎新婦がセレブな雰囲気だけを追求し、写真撮影で栄えれば良い空間らしい。日本人の無思想性、無定見さを象徴した建築物で恐れ入る、としか言いようがない。欧米の知人・友人に話すとかなり馬鹿にされそうだ。建築物としての結婚式教会の実情を日本、特に関東から西の地域、東海地方から中国地方を中心に隈なく調査してある。カトリック教会での挙式の実態、プロテスタントの教会の実態などをも踏まえて、無宗教のヴァーチャル建築物がどうのように要求され、建築されたかを丹念に腑分けする。読んでいて、なんともやりきれない気分だった。分析に動員される諸学は、建築史、民族学、文化人類学、宗教学、キリスト教学などだ。
本書は建築カテゴリーとしても一応のステータスを確立しているが、著者が指摘するとおり何時まで流行るのか、まったく予想がつかない。建築と社会という問題構成で、人間の営みを再構成した社会学でもある本書は、おぞましさのみならず思想以前の「知」のあり方自体を鋭く突き詰めているのかもしれない。見方によれば、日本人論としても快挙かもしれない、と思うのは誇張だろうか。