まずは筆者の多才さに目を奪われる.作曲家であり指揮者という音楽家の顔と,脳科学の研究者といった顔をあわせもち,その2方向からのアプローチが,この著作の中で連結している.この守備範囲の広さには驚くしかない.
音楽家が観衆の前であがりを防ぐためには,脳をリラックスさせる(笑わせる)ことが大切であるという切り口から,話は展開されている.fNIRSという脳内の血流を測定する装置からのデータを基にしており,説得力のある議論といえよう.「脳をリラックスさせること」,「直感には惑わされないこと」,「論理的に考えた後の残りの部分は思い切りよく意思決定すべきこと」などが主たる主張であろう.
ただし,音楽からのアプローチだけでなく,様々な問題から話が進められており,少々うるさい印象が残る.音楽以外にも,スポーツ,脳内の動物の比喩(情報処理の2つの経路),ベルクソンの哲学,コンピュータ,ケータイ,恋愛,セックス,教育,化粧,グルメなどの話題が目まぐるしく現れ,大忙しである.一般に向けて書かれたであろうこの著作では,内容があまりにも多面的すぎて主張が理解しづらくなっているのでなないか.もっと落ち着いて,ゆったりとした気分で音楽からのアプローチを楽しみたかった.それこそ,脳が笑うかのように.