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10 人中、10人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
孤独と不安に苛まれる人に向けられた、暖かいメッセージ,
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レビュー対象商品: 「空気」と「世間」 (講談社現代新書) (新書)
集団の中にいると目に見えないながら私たちを強く束縛する「空気」を感じます。「空気」に従わないと自分が浮いた存在になってしまいます。 学校や会社の中で仲間はずれになることをどれだけ恐れていたことか。 しかし、著者はかつて『孤独と不安のレッスン』の中で、「それは後ろ向きの不安」とし、「人をだめにするもの」としています。そして不安の根本となる原因は「中途半端に壊れた世間」にあると見ていました。 本書ではより一歩進んで、過去の文献を引用した上で独自の視点で「空気」と「世間」を分析します。そして現代の空気と世間の特徴を解説し、最後に空気と世間に囚われずに生きるためのヒントを提示しています。 過去に著者は『孤独と不安のレッスン』で、「どうか君の人生で、『孤独と不安』をごまかすために、”怪しげな宗教”や”体だけを求める男”や…”社畜が好きな会社”にすがりつくことだけはないように」と伝えました。本書もまた、何らかのコミュニティに属しながら孤独感と閉塞感にさいなまれる人へ向けられたものです。 学校裏サイトで自殺する子供たち、ブログ炎上、秋葉原通り魔事件を通じて、著者はこれら事件の本質が人々の孤独にあると見たのでしょう。孤独に苦しんだ果てに不幸になった人々に理解を示しつつ、どうすれば救われていたか。一つの結論を出します。それはあくまでヒントでしかなく、答えは自分で出さなければいけませんが、その対価として自由に生きられるようになるのかもしれません。 孤独と不安に苦しむ方にとって、著者のメッセージは厳しくも暖かい言葉に思われることでしょう。
6 人中、6人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
世の中の「目」が気になっている方に,
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レビュー対象商品: 「空気」と「世間」 (講談社現代新書) (新書)
日本人の中の個人は「世間」の中に生きる個人であって、西洋的な「個人」など日本に無いのです。そして独立した「個人」が構成する「社会」なんてものも日本には無いのです。 こう言い切られるとそんな気もしてきます。 自分が生きている社会、村、組織の中ではいい子にしていても、自分の顔を知らない社会に出てしまうと旅の恥はかき捨てのように振る舞う方も多い物です。 「君の態度が最近悪いよ」とみんないっているよ。この時のみんなとは自分の社会、村、組織のみんななのです。みんながいうから、みんながやっているから組織での不正をただす人は出てこないのかもしれません。 本当の個人の生活、社会とは、何かを考えさせてくれます。世間の「目」を気にして生きづらいと思っている方には参考になる一冊です。
9 人中、8人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 3.0
「世間」があったから犯罪率が低かったという説もあるが(『日本の殺人』など参照のこと),
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レビュー対象商品: 「空気」と「世間」 (講談社現代新書) (新書)
本書は演出家の鴻上尚史の新書でありながら、演劇とはほとんど関係ない。射程はもっと広い。本書がテーマとしているのは日本文化論、もっといえば昨今日本社会で吹き荒れる「空気」と「世間」いう名の魔物である。著者は、日本人には談合主義的な「世間」があっても、個人と個人が交渉する「社会」がないという。西欧型の唯一神宗教がない代わりに、日本人には「世間」が降臨してきたのだと、分析するのだ。日本がまだ欧米型の「近代化」を未だ遂げておらず、近代的自我が成熟していないという議論であるが、今までの日本人論にもこの手のものは腐るほどある。現に本書は、阿部謹也による世間論と山本七平による空気論を主な種本としている。それだけにとりたてて目新しいことはないが、書き手としての力量からか、読みやすいことは確かである。 なるほど著者は、同質化を強いる「世間」が流動化したことで生まれたのが昨今の「KY」でいうところの「空気」だという。「世間」は固定されているが、どこにでも偏在しそのたびに読まなければならない「空気」となると、より一層取り越し苦労が増えていくというわけだ。 著者は、こうした日本人のあり方に対して、複数の共同体間を行き来する「ほんの少し強い個人」になるという処方箋を提示している。そういう話の流れはよくわかるのだけれど、日本人にとってキリスト教徒のような唯一神、一対一で対話する相手がいないということが問題の根本にあるならば、はたしてそれによって自立は成し遂げられるのだろうか。 さらに質の悪いことに、こうした「世間の目なんて気にするな」や「空気ばかり読んでいてもダメだよね」というアナウンスも、今や流行のように口にされていて、あたかも「そうした口当たりのいい意見には賛成しなければならない」という新たな「空気」が作られているのは、日本人の皮肉以外の何ものでもないような気がするのである。
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