内容紹介
「日本社会の役に立ちたい」
なんてこった。自分がこんなことを思っていたなんて。
こんなことを僕が言い出したらみんなは何と言うだろう。
「中学生日記」に出てくる学級委員みたいなやつが作文で書きそうな言葉だ。
ああ、どうしよう。僕は実は「中学生日記」だったんだ。
人間NHKだったんだ。 ITベンチャー経営者。それが著者・駒崎弘樹の学生時代の肩書きだった。
当時は、振興ITベンチャーが次々に株式公開をし、創業者の青年社長たちが数十億円もの富を手に入れていた時代。
周囲の仲間はそんな成功者たちを目指して、ひたすら働き続ける日々だった。
そんな中、彼の胸のなかの疑問は、どんどん大きくなっていく。
「自分は本当は何をしたかったんだろう」と。
彼はその後、NPOの道を選び、東京の下町で「病児保育サービス」を始動。
「共済モデル」という画期的な手法によって、そのサービスは高い評価を受けている。
彼自身「世界を変える社会起業家100人」に選ばれ、日本を代表する若手社会起業家として注目を集めている。
彼は言う。「僕のような門外漢のド素人によって東京の下町で始まったモデルが、政策化され、似たような事業が全国に広がっていったのだ。
自らの街を変える、それが世の中を変えることにつながっていったのだ。
だとしたら、〈社会を変える〉ことは絵空事ではないはずだ。
一人ひとりが、自らの街を変えるために、アクションを起こせばいいだけなのだ。
〈社会を変える〉を仕事にできる時代を、僕たちは迎えている。
なんてこった。自分がこんなことを思っていたなんて。
こんなことを僕が言い出したらみんなは何と言うだろう。
「中学生日記」に出てくる学級委員みたいなやつが作文で書きそうな言葉だ。
ああ、どうしよう。僕は実は「中学生日記」だったんだ。
人間NHKだったんだ。 ITベンチャー経営者。それが著者・駒崎弘樹の学生時代の肩書きだった。
当時は、振興ITベンチャーが次々に株式公開をし、創業者の青年社長たちが数十億円もの富を手に入れていた時代。
周囲の仲間はそんな成功者たちを目指して、ひたすら働き続ける日々だった。
そんな中、彼の胸のなかの疑問は、どんどん大きくなっていく。
「自分は本当は何をしたかったんだろう」と。
彼はその後、NPOの道を選び、東京の下町で「病児保育サービス」を始動。
「共済モデル」という画期的な手法によって、そのサービスは高い評価を受けている。
彼自身「世界を変える社会起業家100人」に選ばれ、日本を代表する若手社会起業家として注目を集めている。
彼は言う。「僕のような門外漢のド素人によって東京の下町で始まったモデルが、政策化され、似たような事業が全国に広がっていったのだ。
自らの街を変える、それが世の中を変えることにつながっていったのだ。
だとしたら、〈社会を変える〉ことは絵空事ではないはずだ。
一人ひとりが、自らの街を変えるために、アクションを起こせばいいだけなのだ。
〈社会を変える〉を仕事にできる時代を、僕たちは迎えている。
内容(「BOOK」データベースより)
その小さなアクションが、世界を変える!元ITベンチャー経営者が、東京の下町で始めた「病児保育サービス」が全国に拡大。「自分たちの街を変える」それが「世の中を変える」ことにつながった。汗と涙と笑いにあふれた、感動の社会変革リアル・ストーリー。
著者について
NPO法人フローレンス代表理事。
1979年、東京都江東区生まれ、27歳。99年慶応義塾大学総合政策学部入学。01年(有)ニューロンに
共同経営者として参画し、株式会社化後、同社代表取締役社長に在学中に就任。学生ITベンチャー
経営者として、様々な技術を事業化し、ビジネスパーソンとしての成功を経験する。
同大卒業後、ベビーシッターをしている母親から、こどもの熱で仕事を休み解雇されたお客の話を
聞き、この保育業界最大の難問「病児保育問題」を知る。自身が近所のベテランママ『松永さん』に
預けられていた経験から、「地域が支える子育て」が消失してしまった社会にショックを受ける。
「地域の力によって病児保育問題を解決し、育児と仕事を両立するのが当然の社会をつくれないか」
と考え、 ITベンチャーを共同経営者に譲渡。退社し、「フローレンス・プロジェクト」を学生
時代の後輩と共にスタート。04年内閣府のNPO(特定非営利活動法 人)認証を取得、代表理事に。
05年4月から江東区・中央区にて全国初の「保険的病児保育サポートシステム」である『フローレ
ンスパック』をスタートさせる。
現在は、都内で、働く家庭のサポート事業を拡大する傍ら、講演、メディア出演、行政との連携を行う
など、病児保育や働き方に対する社会全体の取り組みを活性化させることに努めている。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
駒崎 弘樹
NPO法人フローレンス代表理事。1979年、東京都江東区生まれ。慶応義塾大学総合政策学部在学中に、(有)ニューロンの経営に参画し、株式会社化後、同社代表取締役社長に就任。同大卒業後、ベビーシッターをしている母親から、子どもの熱で仕事を休み解雇されたお客の話を聞き、保育業界最大の難問「病児保育問題」を知る。その後、ITベンチャー共同経営者に譲渡・退社し、「フローレンス・プロジェクト」を始動。2004年、NPO(特定非営利活動法人)認証を取得、代表理事に。2005年4月から江東区・中央区にて全国初の「保険的病児保育サポートシステム」である『フローレンスパック』をスタート。現在は、働く家庭のサポート事業を拡大する傍ら、講演、メディア出演、行政との連携を行うなど、病児保育や働き方に対する社会全体の取り組みを活性化させることに努めている。2007年7月、Newsweek日本版「世界を変える社会起業家100人」に選出(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
NPO法人フローレンス代表理事。1979年、東京都江東区生まれ。慶応義塾大学総合政策学部在学中に、(有)ニューロンの経営に参画し、株式会社化後、同社代表取締役社長に就任。同大卒業後、ベビーシッターをしている母親から、子どもの熱で仕事を休み解雇されたお客の話を聞き、保育業界最大の難問「病児保育問題」を知る。その後、ITベンチャー共同経営者に譲渡・退社し、「フローレンス・プロジェクト」を始動。2004年、NPO(特定非営利活動法人)認証を取得、代表理事に。2005年4月から江東区・中央区にて全国初の「保険的病児保育サポートシステム」である『フローレンスパック』をスタート。現在は、働く家庭のサポート事業を拡大する傍ら、講演、メディア出演、行政との連携を行うなど、病児保育や働き方に対する社会全体の取り組みを活性化させることに努めている。2007年7月、Newsweek日本版「世界を変える社会起業家100人」に選出(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)