チェコ共和国の現職大統領による原著の翻訳版は、この日本語訳が世界で15番目とのこと。日本にもやっとその挑戦的な主張・提唱が伝わることになったわけで、まずそのことを喜びたいと思う。1988年以降、気象学の国際舞台で力を付け始め、今や国連公認の政策科学にまで肥大化した「人為的地球温暖化論」。その一方的な仮説に対する批判、および仮説が支える経済・社会規制策が国際政治上の大論点と化した現状に対する反発、そしてその批判と反発のゆえんについて平明・軽快な筆致で縦横に論じている。巻置くに能わずとはこのことか、と感じ入った次第。眼目は、先進国を席巻している「環境主義」を「共産主義(社会主義)」を引き継ぐ全体主義イデオロギーとみなし、「かつて共産主義社会にいた」体験を基に、その不毛と失敗を明快に予見していることにあるといえる。
こうした「温暖化論」批判の類書は少なくはない。だが、クラウス氏は経済学を学んだ「学者大統領」らしく、例えば「潜在資源と経済資源の違い」「将来予測をめぐる割引率の査定」「予防措置原則と費用便益分析」など、近代経済学の視角から、温暖化論とCO2排出防止政策の欺瞞を次々に明らかにしていく。この点、温暖化論にきちんと応対している経済学者が(日本では)少ないなか、至って新鮮で興味深く、かつ有意義だった。
同時に、温暖化論がほとんど「信仰」のようになっている環境(原理)主義者の一例としてIPCCベルギー代表の極端な発言を取り上げ、「このような人間には何を言っても無駄だろう」と半ば諦めつつ、「彼以外の人間なら、私の真意を理解してもらえるはず」(144頁)と、楽観的な構えをみせるなど、余裕も窺えた。温暖化は(太陽活動の結果であり)「火星、木星、土星、冥王星でも起こっている」(130頁)のだから、無駄なことはせず、気候変動に適応していくしかない、ということ。もっともこの点、温暖化論者なら「CO2の急激な排出増で、自然現象を上回るペースで温度が上昇しているのだ(と自分たちのコンピューターモデルが教えてくれる)」と言うだろうけれど。
それにしても、中欧の小国とはいえ、現職大統領がこのような知的刺激に満ちた著作をあらわすのだから、欧州の政治家の水準は正直、日本とは格が違う。なお、若田部教授の解説には「(クラウス氏は)汚職が発覚して辞任する97年までチェコの首相」云々とある(2003年から大統領)。確信的な温暖化論者なら、この「汚職が発覚」を取り上げて本書を批判するかもしれない。いや、これは余談。