ベストセラーとなった「国家の罠」、「反転」を読んだ上で本書を読んだ。著者は検察担当の記者暦が長く、第3者として、内部事情に詳しい。その目線から書かれた検察失墜の様子が非常に興味深い。2009年現在における検察の機能不全の状態が生々しく語られている。
法務官僚として将来が約束されている赤レンガ組と、捜査現場派の検事たち。以前の特捜には10年以上在籍している「捜査の職人」や、各分野のスペシャリストが居た。しかし特捜部の暴走を恐れた幹部により人事システムが変更され、法務官僚が特捜に配属されるようになり、数年の腰掛で移動するようになった。現場を指揮する特捜副部長は、法務官僚の「箔付け」ポストとなる。結果、捜査能力、指揮能力は落ち、却って現在の特捜の暴走を招いているのは皮肉である。
ロッキード事件の主任検事として活躍した事で有名な、吉永祐介検事総長は、「特捜に撤退は許されない」と説いた。これは強制捜査に踏み切る前に十分な吟味をして、有罪間違いなしとの確証を得ておくべきだという意味であった。それが現在は、マスコミを煽り世論を味方につけ、真実はどうであれ、上意下達のもとに何が何でも、被疑者を落とし有罪に持ち込むという風潮になってしまった。
取調べにおいて、連日連夜、被疑者の家族や関係者への呼び出しを、脅しの道具に使って、あらかじめ作られたシナリオに沿う調書へのサインを強要するその姿は、人としてチンピラと何ら変わらない。
東京地検特捜部生みの親として知られる、鬼検事、河井信太郎の教えとして、「捜査で世の中や制度を変えようとかすると、検察ファッショになる。それは許されない」という言葉が紹介されている。
強大な権力である捜査権と起訴権を持つ検察。関わった被疑者は人生を破壊され、自殺する者もいる。現在の検察は歯止めの効かないファッショになってはいないか。著者は次世代の検事に期待すると語り、筆を置いている。