関西私鉄と関東私鉄の対比、それに戦前の国鉄と関西私鉄の関係を研究するのは、確かに興味深いものがある。鉄道好みの歴史研究家が書く内容とあって、読み始めるまでは確かにその内容に期待していた。
しかし実際に読み進めるにつれ、私は次第にその内容へ違和感を抱くようになった。そして読了後、独自にネット上で少し研究を試みたが、作者が「自己主張に都合の悪い資料を無視し、資料の良い部分のみを抜き取って自己主張の裏付けにする」という、学者にあるまじき過ちを犯していることが分かった。
この本の中で最も重要な記述となるのは第五章の「阪急クロス問題」であると思う。阪急の小林一三は梅田に国鉄東海道本線を跨ぎ越す高架橋を造り、国鉄への優位性を示すようにしていたが、国鉄東海道本線大阪駅周辺の高架化工事によってやむなく地上線に降りることを強いられた。いわば阪急は国の力に屈したのだ…ということが述べられている。その根拠としては昭和初期の「大阪朝日新聞」「大阪毎日新聞」の記事が幾点か用いられている。
だが、同じ年代の「大阪毎日新聞」の記事を見ると、作者の主張が誤りであることが分かる。現在では、インターネットでも大学のウェブページなどから当時の新聞記事の一部を見ることができるが、その中に件の国鉄大阪駅高架化工事に触れたものがある。私は昭和7年6月の「大阪毎日新聞」の記事を見ることができた。それによると、「阪急の高架線工事については国鉄大阪駅の高架化時には地上線に降ろすことが認可の条件としてついていた」、「阪急の高架線には国鉄高架化時に地上線に降ろせるような事前工事が施されていた」ということが明瞭に記されている。「阪急は、大阪駅高架化工事に伴って高架線を地上線に降ろすことを初めから承認しており、その工事費用を国鉄か阪急のどっちが出すかで揉めていたのが真実に過ぎない」ということが明らかである。
作者の資料調べの熱心さ(巻末の参考資料数の多さから分かる)からして、この資料を見のがしたとは思えない。自己主張に合わないことから意図的に無視したのであろう。資料をもとに理論を立てていくのが使命のはずの学者の行為と呼べるものではない。
なお、この作者の他の書籍についても、幾点か同様の過ちを犯しているのが見受けられた。作者は「学者」ではなく「資料を捻じ曲げて自己主張を通そうとする者」でしかない、といえよう。