いつの頃からか、日本人は「明治維新」という出来事をドグマとして受け入れてはないだろうか。
日本と言う封建制国家を近代国家に変えた革命としての「明治維新」は、必要性があり、近代日本の礎でもあり、それに伴う、多少の犠牲は致し方がないと我々は考えてきたのではないだろうか。確かに、当時の政治状況において、日本の近代化が必要とされたというのは、間違いのない事実である。しかし、必ずしも、「明治維新」という形態をとる必要性があったかと言えば、そうではないのではないか。
幕府にしても、近代化への計画が無かったわけでは無く、薩長土肥という封建制に立脚したいくつかの藩(長州に関して必ずしも当たらない)と、それに資金を供給したいくつかの商人達が、幕府以上のビジョンと実行力を備えていたというのは、絶対の事実として捉えなければならないものであるのだろうか。
しかしながら、「明治維新」とそれにより成立した「明治国家」は、これまで、手放しで、賞賛されてきたのではないか。私は、「明治国家」が日本に大きな貢献をしたことを、理解しているつもりである。しかし、そうであるならば、その否定的側面も積極的に歴史的評価の一つとして、取り入れていくべきではないだろうか。「明治国家」というものを相対化して初めて、その位置付けと、これからの日本の展望が開けてくるのではないだろうか。
これまで、前置きを長々と書いてきたのは、この「明治」という国家にも同じことが言えると感じたためである。
この本において、語られる「明治国家」は多数の資料に当たり、日本の歴史を研究してきた司馬遼太郎氏の集大成でもある。そして、それは、一つの文化と伝統の生命の輝きとでもいえるものであり、すばらしいものである。しかし、すばらしい正義の裏側には、同じ程度の悪徳も潜んでいるものである。
例えば、司馬氏は、明治と昭和をまったく別の存在であると見做しているようである。確かに、司馬氏のように、「明治国家」、「昭和国家」という個体、つまり、一つの目に見える物体のように時代を取り扱う見方からすれば、そのような考えは当然であるだろう。
しかし、そのような見方が存在するのと同じように、歴史を連続した形で捉える考え方も当然存在する。そのような見方からすれば、「昭和」という国家は「明治」という国家の結果として存在と言うことになるだろう。
もし、「明治国家」について、ある程度、相対化した意見を得たいと望むのならば、明治は、結果としての昭和の責任も負わなければならないであろう。そして、その事実には、どのような美しい形容詞でも消せない事実が含まれているかも知れないのである。
「明治維新」が終わって、もう140年以上が経過した。そろそろ、冷静に「明治国家」を捉えなおす時期ではないだろうか。その意味において、本書は参考となるだろう。また、明治をより深く理解したいのであれば、大沸次郎「天皇の世紀」、猪瀬直樹「ミカドの肖像」などもお勧めしたい。