『
「あたりまえ」の研究』第1章「指導者の条件」の再刊である。著者のご子息によるあとがきつき。
書名を見た時、『
日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条 (角川oneテーマ21)』のような氏の未発表原稿が刊行されたのか、はたまた『
日本教について』の復刻版かと期待したが、そうではない。日本人論三部作(『
「空気」の研究』・『
「あたりまえ」の研究』・『
「常識」の研究』*)のうち一作の冒頭一章を切り出しただけ、まことにいただけない。
(*これは、評者が勝手にそう読んでいるだけです)
あまたある山本学のうち、なぜ「指導者の条件」を”原論”に選んだのか?、なぜこのタイミングで再刊したのか?、なぜ「日本人を動かす原理」という副題で『
存亡の条件』 とセットで復刊したのか?、一切の動機と経緯が全く不明である。まさか「“あたりまえ”の研究だから」という安直な理由ではないだろう。『「あたりまえ」の研究』は刊行当時の時事ネタがかなり入っており、山本ファン以外には、正直退屈な側面も否定できない。『
「空気」の研究』の方は、現在でも十分すぎる読みごたえがある。”抜粋”とあるが、原著のどこをカットしたかも一瞥しただけではわからない。
宮台真司氏による大仰なカバー帯(Amazonの“内容紹介”)と冒頭解説も、山本ファンの評者としては不愉快である(他にいくらでも担い手はいるだろう)。小室直樹氏つながりである宮台氏の知識人アピールは、山本学の品位を貶めかねない。欧米的近代主義を論じた本と誤解するおそれがある。近代国家は、本書の一例にすぎない。解題としては悔しいながら良記事だとは感じたが、表紙の『資本主義』という言葉は、原著を通して一度も出てこない。端的に言ってしまえば、日本人にとっては「あたりまえ」の思考(停止)・思考前提を、国際的視点(=『
日本人とユダヤ人』の視点)から暴いた著作である。これの理解のため、原著の「あとがき」から引用する。
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海外で起こったさまざまの事件を、自分の持っている「無意識の前提」で受けとめ、それを自分なりに解釈してしまえば、何一つ理解できていないことになる。“たとえば”「国家」をとりあげてみても、近代化以前の国々の「国家」とわれわれの「国家」とは全く別ものであり、これを、われわれのもっている「家」という概念を前提にして見れば、それらの国々が持ちまた引き起こすさまざまな問題は、一切、理解できなくて「あたりまえ」である。……さらに二重規範や、自己が絶対化した権威の喪失が無規範を生みだすことも「あたりまえ」であり、また幼稚な普遍主義が奇妙な孤立主義になることも「あたりまえ」なのである。(文庫版232p、引用符””は評者)
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原著の文庫版が、広く中古で出回っています。原著を半分以上カットした割高な単行本を、わざわざ買う必要はありません。