今まで、カーネギメロン大学で博士号を取り、脳機能科学の学者として超一流の苫米地博士が、何故一般向けの自己啓発本や、英語教育の書物(註:数ある自己啓発本、英語学習の書物も他の著者のものとは一線を画する、超一流のものであるが)を多数出版するのか、もう一つ腑に落ちない面がありました。しかし、その疑問が、本著を読むことで一気に氷解しました。
これまでの苫米地氏の100冊もの自己啓発本の根幹にあるキーワードは、「フリーゴール」でした。誰に決められたものでも無く、「Have to」(ねばならない)ではなく、自分自身の魂の声に従って、本当にやりたいこと、「Want to」のことのみを、やりましょう、その上で、ゴールをしっかり設定すれば、何でも達成できる、という人生哲学です。
苫米地博士は、日本人がで「フリーゴール」を設定するのが如何に難しいか、しかし、一旦、一人一人がフリーゴールを設定し、自由な人生を歩むことができれば、日本がどれだけ良い国になるかを、先刻承知なのだと思います。
洗脳論語でも論じられた儒教思想、それを維持するための「パノプティコン」(監獄の全展望監視システム:誰かに見られているのでは、という恐怖により行動を監視する-「村八分」や「恥」に象徴される)があるため、知らず知らずのうちに、他人が設定したゴールの中で、「Have to」の人生を歩むようにしくまれてしまっているからです。皆がそこを変えない限り、日本が変わることはない、日本を変えたいと思うのならば、日本を愛するのならば、まず、日本を客観的に、高い抽象度から眺める必要がある、との主張です。
「「日本」や「日本人」といった小さな枠へのこだわりを抽象=捨象していく。それが私の言う「日本を捨てる」ということなのです」(p.188)
「抽象度を上げて、世界や人類を救うこと。これは、日本を愛すること、日本を救うことと矛盾しません。当り前のことですが、世界には日本も含まれ、人類には日本も含まれるのですから。」(p.189)
本著に、スマナサーラ長老やティック・ナット・ハン師の著書にも通じる仏教観、とくに「行動する仏教(Engaged Buddhism)」「空」の世界観、著者の問題意識の根源を感じることができます。「世界レベルや宇宙レベルの抽象度を持った上で、世界の問題や日本の問題を捉えよう。自由意志で真にやりたいことをやろう。そのためには、まず、「世間」、「愛国心」といったものを全て一旦捨象し、「日本を捨てる=捨象する」ことにより日本の良いところも悪いところも、一段高い抽象度から見て一人ひとりが行動を起こそう。」というメッセージを力強く伝えてくれる、まさに開眼の書、必読の書であり、究極の「自己啓発書」です。