わかりやすくて、実に面白い本である。聖書の放蕩息子のたとえ(二人の兄弟がおり、弟は財産をもって家出してしまったが、父はそれを愛をもって許す、実直な兄はそれに嫉妬するという話)、から、放蕩の限りを尽くした弟だけでなく、兄もまた道徳による自己中心の罪を犯していることにスポットを当て、自分の状況に気付いていない兄(タイプのクリスチャン)の方がより危険であるとまで述べられる。これは伝統的なクリスチャンには衝撃的な問いかけである。多くの人が目を開かれたような気がするのではないだろうか。
また読み手としても、不遜ながらそこまで言っていいのかという緊迫感が小気味よい。本書はニューヨークで6千人の大教会を開拓された牧師による信仰書であり聖書の解説書なのだが、小説のようなドラマチックな展開を追っていく楽しさがある。そして結末は「大宴会」。人間は喜びにあふれた神の宴会に招かれているのだという、読む者は自分もその場所にいるような、ウキウキした感動が味わえる。
ともすれば真面目一辺倒の「兄タイプ」なキリスト教に飽きている、疲れているクリスチャンは案外多いのではないか。しかし本書はそのような者にこそキリスト教の本質「福音」に与る幸福、希望を新しい形で再発見させてくれる。翻訳が丁寧でかつ大胆。本書の魅力、味わい、衝撃を十分に伝えきり、なおかつ訳者独特のあたたかさを感じさせる名文である。