中部電力出身で、電力中央研究所エネルギー開発本部初代原子力部長、元電力中央研究所名誉特別顧問という経歴の、原子力産業に生涯を捧げた著者が、
放射線ホルミシス仮説の考え方によれば福島第一原発事故の放射能漏れは健康に影響がないから、福島の人々の避難は必要ないと主張している本です。
子供への影響を心配する主婦層が受け入れやすいよう、各章の冒頭に母と子の漫画を交えて、子供と著者とのQ&A形式で構成されています。
Q:「プルトニウムって怖いんですよね?」
A:『怖くもなんともないんだよ。人間が飲んでも影響がないくらい。怖いと思わせたい人がいるんだろうね。一番大きいのは、原発が広まることで損をするグループの存在。いろんな背景が電力の裏には潜んでいるんだよ。これは怖い話になるからここまでにしておこうね。』
Q:「チェルノブイリの事故ではどんな健康被害があったんですか?」
A:『白血病や甲状腺ガンのことが言われているけど、それも放射能の関係とは言い切れません。モーリス・チュビアーナの研究結果によれば、放射能の影響でガンになることはなかったはずなんだ。ましてや奇形児が生まれたなんていうのはデマもいいところだね。そう思わせたい勢力が存在するんだろうね。』
Q:「原発は危険なんですか?」
A:『事故の数でいえば火力発電のほうがよほど危険なんだよ。原子炉がメルトダウンしたからって、どうということはないよ。爆発するわけじゃないし。核廃棄物にしても、薄めて道路に敷きつめれば、みんな健康になるんじゃないかな。ラドン温泉と同じようなものだよ。ラッキー博士もね、核廃棄物は健康増進のための放射線源を提供してくれるって言ってるんだ。』
Q:「福島原発の周辺の住民には避難指示が出てるけど、どこまでが危ないんですか?」
A:『防護服を着て避難エリアに入る人がいるけど、着なくても大丈夫。20キロ圏内が避難区域になってるけど、これもまったくナンセンス。一日も早く安全宣言を出すべきだね。』
Q:「今回の原発事故の放射能もれは心配することはないんですね?」
A:『まったく心配することはありません。心配することによってストレスを抱えるほうがよほど病気になってしまいますよ。ラッキー博士は、人間が生きていく上で年間100ミリシーベルトの放射能が最適だと言っているんだから。放射線ホルミシスの考え方に沿えば、当然、福島周辺からはガン患者が減るし、寿命も延びることになるから。』
本書の意図が、福島の人々の不安を払拭することにあるのか、原子力産業を擁護することにあるのか判然としませんが、
あとがきで、ICRPの勧告に従って放射能漏れの事後処理にかかるなら、その費用は莫大なものになりムダであると述べていることや、Q&Aの内容から判断すると、
速やかに福島の人々を帰宅させて賠償金を圧縮し、被爆を賠償の対象から外すことにより、東電の賠償金負担の軽減を意図しているのではないのかと勘繰りたくなります。
また、著者は、政府が行った避難措置により、家を奪われ、家畜や農地を奪われ、自殺した人が出ている状況に激しい憤りを感じ、老骨に鞭を打って本書を著したと述べてますが、その原因を作ったのは著者を含む原発推進派であるにもかかわらず、避難措置を講じた政府や放射能の危険を訴える学者にその責任をすり替えている点も解せません。
いずれにしても、実験・検証に基づいて判断するのが、科学者としての姿勢なのではないでしょうか。
実際に自身でプルトニウムを飲み、十分な検証期間を経て、人体に影響がないことを身をもって確認したのであれば、プルトニウムは安全だと国民に喧伝しても良いかと思いますが、
T.D.ラッキーやモーリス・チュビアーナ等の、昆虫実験や一定条件下の細胞実験の結果に基づく仮説のみを論拠にして、福島の人々の被曝を既成事実化しようとする姿勢は疑問です。
1993年に日本原子力研究開発機構が「プルトくん」という広報用アニメを製作して、プルトニウムの安全性を宣伝していましたが、国際的な批判を浴びて、このアニメはすぐに回収になりました。
プルトくんがプルトニウム溶液を飲むシーン等が問題視されて、アメリカエネルギー省長官から抗議文が送りつけられたのでした。
外圧には敏感に反応して、動燃はすぐにプルトニウム安全説を引っ込めましたが、原発発祥国のアメリカでさえ、人命には配慮しています。
放射線ホルミシス効果の例として挙げられているラドン温泉についても、
2006年、WHOは、ラドンの放射線が肺ガンの重要な原因であることを警告しました。
アメリカの環境保護庁も、ラドンに安全な量というものは存在せず、少しの被曝でもガンになる危険性をもたらすものとしています。
また、米国科学アカデミーは、毎年15,000から22,000人のアメリカ人が屋内のラドンによる肺ガンによって命を落としていると推計しています。
一方、本書が放射能は安全だと主張する論拠は、毎時10ミリシーベルトまでの放射線ならDNA修復が可能だという、フランス原子力協会の元会長であり原子力推進派のモーリス・チュビアーナの説にありますが、
東大アイソトープセンター長の児玉教授は、遺伝子の中には、一定数のDNA修復に関係する遺伝子とDNAの保護に関わる遺伝子とがあり、
これらがやられない限り、低線量による障害はだいたい修復されるかもしれないが、これらがやられた場合にはガンになるので、
安全か否かは、25,000の遺伝子の中でどこがやられるのかという確率の問題になると述べています(『
内部被曝の真実 (幻冬舎新書)』より)。
したがって、低線量であっても、長期間にわたって被曝すれば被曝するほど、ガンになる確率は上ることになります。
セシウム137の半減期は30年、プルトニウムにいたっては半減期は2万4,000年です。
修復される部分もあるにせよ、この間、遺伝子が破壊され続けることになるのです。
本書がこれらの事実や反対説には触れずに、単なる仮説をあたかも実証されているかのように扱い、放射能による健康被害をデマだと断じ、放射能が人体に良いと言い切ってしまうのは何故なのでしょう?
アメリカは、放射能の危険性を認めた上で、リスク・マネジメントをしています。
一方日本の原発推進派は、原発は絶対に安全だと喧伝して、危機管理のコストを省いて原発を推進した挙げ句、いざ原発事故が起きてしまったら、今度は放射能は安全だということにしてしまおうとしています。
仮に、放射能の人体への影響について学説が定まっていないとするならば、
安全性が実証されていない以上、子供たちの未来を想えば、放射能の危険性を前提に行動すべきなのではないでしょうか。
本書を信じることによって、福島の人々は心の安寧を取り戻せるかもしれませんが、真実が明らかになるのは十数年後です。
水俣病やイタイイタイ病、サリドマイド、薬害エイズ訴訟等の時のように、十数年経って放射能による健康被害があらわになってから、被曝との因果関係を巡って東電や国と何年も争って放射能の危険性が認められたとしても、犠牲になった子供たちの命は戻りません。
それを、性急に、あえて「放射能安全仮説」に舵を切ろうとする真意が分かりませんが、子供たちの未来を想ってのことでないのは明らかです。
医薬品の臨床試験のように、人体実験を行って安全を確かめてから、舵を切っても遅くはないのですから。
原発推進の背後には、エネルギーの自給や安全保障の問題があるのかもしれませんが、国民あっての国家です。
安易に国民の命を切り捨てようとする本書の姿勢には賛成できません。