前著『戦場における「人殺し」の心理学』では、市民のみならず当の兵士にとっても意外な「大多数の兵士は人として心理的に敵を殺せない」という事実を、様々な研究結果や史実をもとに提示した。その事実を前提とすれば、「では、どのようにすれば敵を殺すことができる兵士を育てられるか」という問いが投げかけられるのは当然だろう。本書のテーマはそれである。前著では、訓練方法の変更によってベトナム戦争で発砲率が飛躍的に上がった史実が紹介されているが、本書ではより直接的かつ具体的にハウツーが述べられている。
前著に比べると、本書が市井に受け入れられる可能性は低いのではないか、ということは訳者も指摘している。平和主義、人類愛を尊ぶ人にとって、前著の結論は受け入れられるものだろうが、本書のテーマは「殺人者の製造マニュアル」に他ならないとも解されるからだ。しかも、著者自身が陸軍特殊部隊でキャリアを積んできた元将校であり、自身の研究結果をもとにした訓練プログラムが全米の軍や警察で採用され、現役時代も退役後の今もこの分野において活動を続けているとなればなおさらだろう。
しかし、そのような心配は杞憂だ。 608ページにも及ぶ本書の大半は、むしろ無慈悲な殺人者に対してどのように対処すべきか、また無慈悲な殺人者を生まないために社会は何をすべきかを示唆する貴重な内容となっているからだ。提示される事実が戦争からやや離れて、警察などの法執行現場という市民生活に寄っているのも、読者に安心感を与えてくれるだろう。特に戦闘に臨むときに起きる人間の生理現象についての論述は、多くの人から実感をもって共感を得ることは間違いない。「戦闘」の範囲は、空中戦や銃撃戦に限定されない。むしろ最も心理的に高ストレスな戦闘は素手による格闘であり、善良な市民であっても「喧嘩」によって実体験していることが多いからだ。無法者から喧嘩を仕掛けられたときに、視野狭窄や聴覚抑制などを感じたという人は少なくないだろう。また、古来から伝わる格闘術である武術にあっては、本書が提示するような生理現象とその対策である呼吸法が所与のものとして技術体系に織り込まれている例もある。その点で「殺人」を扱った前著に比べ、本書の示唆を咀嚼し得る裾野は広いとも言える。