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「心」はからだの外にある―「エコロジカルな私」の哲学 (NHKブックス)
 
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「心」はからだの外にある―「エコロジカルな私」の哲学 (NHKブックス) [単行本]

河野 哲也
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商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

「心」とは、自己の内に閉ざされたプライベートな世界なのか?環境と影響しあうエコロジカルな「心」という清新な視点から、他者や社会と生き生きと交流する自己のありかたを提示。行動や社会現象の原因を人の内面に求め、不毛な「自分探し」を煽る心理主義的発想を、身体性や他者の軽視につながるものとして批判しながら、「個性」「性格」「内面」など自己をめぐる諸問題に鋭く迫る。社会(環境)を個々人のニーズに合わせて改善し、快適な生活を主体的に形成してゆく展望を示す、自己論の革命。

内容(「MARC」データベースより)

「心」とは、自己の内に閉ざされたプライベートな世界なのか? 環境と影響しあうエコロジカルな「心」という視点から、他者や社会と生き生きと交流する自己のありかたを提示。

登録情報

  • 単行本: 269ページ
  • 出版社: 日本放送出版協会 (2006/02)
  • ISBN-10: 4140910534
  • ISBN-13: 978-4140910535
  • 発売日: 2006/02
  • 商品の寸法: 18 x 13 x 1.8 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.4  レビューをすべて見る (8件のカスタマーレビュー)
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By トップ500レビュアー
形式:単行本|Amazonが確認した購入
無脳論を提唱した大森荘蔵は、そのことを端的に心などはなく環境に埋め込まれているといったことがある。
著者は、近著でアフォーダンス(動物の行動や生態と相対を成している環境の側の生態学的特性)及び熊谷晋一郎(脳性マヒの小児科医)の身体外協応構造等により具体的で説得力ある裏付けを行った。
大森は、心などと呼ばれているものは乳児期に始まる「私秘性」によるという。
我・同一性・二分法・主客・経過する時間・空間・因果もまたその結果である。それは、世界が分割され意味が生じることでもある。そして、それは現代人にとって生きる前提となっている。
「一・全」であったものが「多」となる。禅では、二人連れという人がいる。
(大森は、原始の執着しない差異の段階に止まるべきという考えである)

この問題に禅仏教はどう対処しているだろうか。
仏教は、二項対立を嫌う。父母未生以前をいい無我、無執着、没蹤跡などという。
但し、言葉だけでなく実行するとしたら座っている椅子を外すようなものだろう。
そこで、「成り切る」ということをいう。
これは、無我夢中など日常生活の中でも時折現れる。但し、一時的に我を忘れるもので直ぐに元の木阿弥となる。
禅は、座禅により「動」を絶ち(動かない運動)座禅に成り切る。座禅が座禅をする。
西田幾多郎が「場」とか「絶対矛盾の自己同一」と哲学的に表現したものであろう。
動的構造としては、華厳で事々無礙(物となって見、物となって考え、物となって行うー幾多郎)という言葉がある。

両者の違いは、荒川修作のいう経験のプロセスの中でその都度出現する「躊躇」(通常、意識と言っている)があるかないかであろう。また、運動と躊躇は相互隠蔽の関係にある。
そして、人工的ともいえる座禅に対して動禅もある。日常生活の中での禅である。
恐らく、動禅とは座禅に比して環境からの働きかけにより躊躇(身体外協応つまり無我となる回数)が頻繁に起こり易いのではないだろうか。人は、経験によって変わることが出来る。

「自分探し」は、無いものは探しようがないということである。
それは本来、既存の環境の中で自分が居やすい場所を見つけたり、つくり出したりすることである。ということを見切ってしまえば至極当然の結論である。

著者の考察に触発されて長くなってしまった。
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10 人中、8人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By しらま VINE™ メンバー
形式:単行本
知覚心理学を学ぶと、普段慣れ親しんだ五感の感覚が実はとてつもなく不思議で不確かで複雑なものであることに気づかされる。しばらくは何でもない光景やちょっとした動作にすら眩暈を覚えてしまうようになる人も珍しくないだろう。そうしたものの見方を、「自我」や「個性」や「性格」といった個人の内面に適用することによって、これらの概念を健全で穏当なものに脱構築しようとするユニークな自己論。知覚心理学やアフォーダンスの復習としても有益。

近代市民社会的な意味での個人や人権という概念の獲得は歴史上の大きな成果だが、それは政治とは直接関係しない哲学や思想にも影響を及ぼし、不適切なほどに「肥大化した自己観」を生み出してしまった。それは、望ましい特性や能力を要請する社会的圧力と、複雑な人間関係や社会構造から生じる心理的抑制によってどこまでも強化され、「自分探し」や独我論をはびこらせてしまっている。しかし、自分を知るということは自分が置かれている環境を知ることであり、自分を変えるということはその環境を変えることに他ならない。

というようなことを精緻な論理で検証しているのだが、残念ながら、その肥大化した自己の虜になっている当の本人である人々にとって、この本自体は恐らく解毒にならないだろう。長さが同じなのに違って見える2本の矢であれば、実際に定規で測ってやるだけで錯覚から開放できるが、自己観に対しては定規のような便利なものはなく、本人にとってはどこまでもリアルなものだからだ。打倒すべき「敵」の分析としては成功しているかもしれないが、その攻略法については原則を指し示すに留まってしまっている。

そもそも、その分析している「敵」自体が、極端な姿の「仮想敵」に過ぎない。独我論をまともに信じている人は流石に少数派だろうし、誰だって多かれ少なかれ周囲に対する感謝の念は抱いている。一方で、教育現場とそれを取り巻くニートや学生、企業を中心とした産業社会のそこここに「敵」は確かに存在するが、有効な説得方法や必要な環境支援は千差万別である。また、「敵」の中には人生や社会の潤滑油として必要なものもあれば、文学や芸術の源泉となっているものだってあるだろう。それらとの折り合いのつけ方も、必要なように思う。そうした実践の方策は、読者に委ねられているのかもしれない。
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11 人中、8人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
環境 2006/8/22
By T2K
形式:単行本
自らは環境に支配されるが、それ自体を支配することで環境を変動することが出来新たな自分を育て上げることが可能になる。これと同様の文章が桑子敏雄の“感性の哲学”という本があり私はこちらを先に読んでいたのでかなり理解しやすかった。
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