サイトウ・キネン・オーケストラを最初に聞いたのはいつだったでしょうか。たしか、交響曲・ラインとシューマンのピアノ協奏曲だったと記憶しています。前者を振ったのが小澤征爾、後者が秋山和慶の両氏だったとおぼろげに記憶していますが、どうもその日の演奏では小澤征爾のタクトはいつもの輝きがなかったように思います。
失礼ながら、その前から小澤征爾のタクトはブレが激しい、つまり、すばらしい演奏ともなると神がかり的な演奏になる反面、どうも今ひとつというときは「凡庸」という印象のぬぐえない演奏になる、という印象をもっていたため、その日の演奏も谷間に入ったときのそれかな、と思っていました。おまけに、臨時編成の・当時はその日限りと考えられたオーケストラ、ということもありましたから。
しかし、それから優に20年を越す時が流れ、両者ともに円熟の時が訪れたようです。サイトウ・キネン・オーケストラも押しも押されもせぬ存在に成長し、小澤征爾も真にマエストロといわれるにふさわしいレパートリーの広さと深さを備えてきたと思います。
幻想交響曲も「巨人」も、小澤征爾の「おはこ」というべきレパートリーで、何度も演奏を重ねてきたサイトウ・キネン・オーケストラの演奏だけに、これだけの水準でも「もっと上へ、破綻する危険を冒してもいいから、かつてのような神がかり的演奏を聴かせて欲しい」と感じてしまうのは、無責任な聴衆の無責任な感想にほかなりません。
いかに最新の技術で音響を捉え、精細な映像を捉え得たとしても、形がなく一回性という枠組みを離れることができないのが音楽の神髄。それだけに、まこと、懐の深い芸術だと感じないわけにはいきません。