芹沢俊介・高岡健の両氏による対談本です。
タイトルに興味をそそられて何となく本書を手にしたのですが、芹沢氏については教育問題や家族問題について評論を行っている方、高岡氏については雑誌『精神医療』などを通じてその領域の問題或いは社会問題について精神医学者として発言されている方、という程度のイメージ(間違いがあったらごめんなさい)しか持ち合わせていなかったこともあり、実際に開いてみてやや面食らいました。秋葉原事件の精神分析的な考察、というのが相応しいような遣り取りが中心になっているのです。
(本事件について、そのような視点が非常に豊かな議論をもたらしてくれるという意味では適当だとしても、タイトルと両著者の名前からは予想がつきませんでした。)
具体的には、ウィニコット、クラインなど概念、さらにはデュルケームの『自殺論』を援用しながら、犯人たる加藤被告の生い立ちやら発言内容を取り上げて、事件に至った彼の心的現象の考察が展開されています。
「子殺し」(最早期に於ける受け止め手の不在によって齎される「孤独」)がまず最初にあり、エディプスコンプレックスが未成立な状況下でそれが「親殺し」に反転するに際し、肥大化した母親像の殺戮という観念が、無差別殺傷の衝動に発展するのでは、という議論が、ハイライトになろうかと思います。
最終(第4)章では、本事件の裁判の問題点、さらにはそれと関連して死刑制度、裁判員制度への言及も短いながらなされています。
対談本ゆえの議論の粗さはあるにしても、事件の核心部に迫る内容を備えているという印象を持ちましたので、★5つとしたいと思います。