こうして見ると日露戦争を戦った人物、というのは良きにつけ悪しきにつけスケールの大きな人達だったことが分かります。非常に人が育っていた、その理由はいくつかあると思いますが、軍人としては戊辰戦争、西南戦争などの戦争経験があったこと(西郷従道、大山厳などは言うまでもなく、山本権兵衛はなんと十二歳から参戦、児玉源太郎や黒木大将など将官クラスは例外なく内戦経験者です)、維新の創成期に否応なく国づくりの責務を負い、国家の枠でものを考えていたこと、また、当時の欧米列強の植民地になるかも知れないという危機感も昭和期には比べようなく大きかったのでしょう。
戦争をいくつか経験し、修羅場をくぐり抜け、身を持って自分の生きる意味を強く、真剣に考え、ひとつ舵取りを間違えると、日本全体をおかしな方向に導いてしまうかもしれない、そうした危機感の中でこの世代は育ったことを感じることができます。
ひるがえって明治三十年代に登場する陸軍大学校出身の佐官クラスには、すでに面白みのない試験に長けたエリートが出現してくることも本書で示唆されています。軍隊という、平和を守るための組織が、平和に近づくほど人が育てられなかった悲劇のようなものを、その後の昭和期に向けた日本の歩みを考えると感じざるを得ません。