『坂の上の雲』に関するいわゆる副読本は雲霞の如くであるが、二葉亭四迷や樋口一葉、夏目漱石など明治期の文学者伝について蓄積の深い氏の書かれた本書は、同書執筆の時代背景や作者の執筆意図などを丁寧に読み解いて、非常に得るところが多かった。また、1905年と1968年の類縁性に着目した内田樹氏の解説も読ませる。
「司馬遼太郎はアイデンティティを「お里」と訳しました」(49頁)。
「司馬遼太郎は、日本と日本人の「お里」を忘れてはならないと、自戒をこめてこの小説を書いたのだと思います」(56頁)。
「合理を好み、「近代」というものに対して基本的には肯定的であった司馬遼太郎が、「近代」を強く疑う漱石を愛読はしても、『坂の上の雲』の登場人物として迎え入れるにためらった理由が理解できようかと思います」(110頁)。
「「どの歴史時代の精神も三十年以上はつづきがたい」とは司馬遼太郎一流のいいかたです。この考えが『坂の上の雲』全体をつらぬいている一種の「無常」感の背景に、厳としてあるように思われます」(270頁)。
「教科書的には肯定的に扱われる「大正デモクラシー」ですが、「デモクラシー」の不規則かつ異常な肥大の末に、全員の政治参加「翼賛」があったことを私たちは忘れがちです」(300頁)。
他に、大岡昇平の『俘虜記』や国木田独歩の『号外』からの引用部分(275頁、277頁)や日欧における政軍関係観の相違に着目した部分(300頁)も印象的。『坂の上の雲』の世界に更に深く分け入りたい方にはまずは格好の副読本の一であると思う。