明治維新によって政府はキリスト教礼拝音楽を中心とする外来音楽の流入という事態を受けて、国民の歌を自ら管理するようになる。文部省は「蝶々」などの唱歌という新しい歌を作り出し、国民教育によって浸透させた。その際、キリスト教の影響を避けることができず、唱歌の旋律に賛美歌のものを使用して「むすんでひらいて」「蛍の光」を作り出した。その一方では「さくらさくら」といった擬古曲を作成したり、「かぞえ歌」を利用したりして、国粋音楽文化を保持するという課題にも応えようとした。キリスト教の賛美歌に対抗して浄土真宗では古謡「越天楽今様」を復刻、仏教唱歌を歌う。
国家管理の結果生じた国民の新しい音楽趣味は、明治後半になると「真白き富士の根」のような、江戸から続く俗謡系とは違った新しい流行歌を生み出す。流行歌という国家で管理できない新しい歌が出現すると、対抗処置として学校現場では流行歌を歌うことを禁止した。国家によって管理された「健全なる唱歌」という官製の子供の歌の作詞は、宮中の御歌所につながる歌人たちが独占していたが、大正期に入ると童謡運動という民間からの反撃で「シャボン玉」のような童謡が生まれ、人気を得ると、これ以降、子供の歌の歌詞から和歌が消えてしまう。尋常小学唱歌が作られたのは、流行歌と童謡に対する官側からの反撃としての意味も持ち、その結果「故郷」などの唱歌が生まれる。しかしこうした歌の管理をめぐる官民の争いをよそに、流行歌「真白き富士の根」童謡「シャボン玉」尋常小学唱歌「故郷」のいずれにも賛美歌の影響が及んでいたのだ。