この本は、著者が『サピオ』や『諸君!』などの保守系の雑誌に発表した一連の記事が元になっている。それらは、「現場」「当事者」への食い込みの度合いにおいて、発表当時から群を抜いていた。例えば西安寸劇事件や上海の留学生の殴打事件について、事件後当事者に直接インタビューを行い真相を検証しようとしたのはほとんど著者一人だった。だが、本書のもつ意義はそれだけにとどまらない。
著者は、もともと日中関係史を専門とする歴史研究者で、これまで旧日本軍の細菌戦部隊の関係者や、中国共産党の対日本人捕虜工作を担った人々を対象とした聞き取りに基づく研究を発表している。だからといって本書を、以前は「左翼的な研究」を行っていた人間にありがちな転向、と受け止めるのは皮相な見方である。手堅い実証に裏付けられた「現場主義」によって当事者の「声」を聞き取り、政治的なイデオロギーよりも、あくまでも目の前の「一個人」に寄り添うことを優先する、という著者の姿勢はこれらの仕事を通じてむしろ一貫しているからだ。そんな著者が最近もっぱら「保守系」メディアに活動の場を求めてきた背景には、冷戦終結後「左右」の枠組み自体が無意味なものになっているにもかかわらず、言論のレベルではいまだにそこから一歩も抜け出ることができないという東アジアをめぐる政治的現実がある。そこにはいわば「政治的オピニオン」と「現場感覚」との深刻な乖離が生じているのだ。
その中で、現場感覚を丁寧に救い上げ、二項対立的な「政治的オピニオン」との齟齬を明らかにした、本書の意義は大きい。それはいわば、現在の中国および日中関係を映す「鏡」としての役割を果たすものだといえよう。既存の二項対立的な枠組みにとらえられた人々に、この「鏡」をのぞいてみる勇気はあるだろうか。