化石燃料の大気汚染と原子力発電による死亡者数を比較していて、
確かに化石燃料由来の大気汚染の健康被害は深刻だと思いました。
ただ、著者はこれを原子力発電との比較でしか考慮していません。
本書でグラフで図示されている通り、
化石燃料は発電以外でも使用し、
火力発電由来の大気汚染物質は日本では10〜20%前後なので、
著者が言う大気汚染による甚大な健康被害は、
原子力発電を止めることによってそれほど大きく増えそうにはありません。
あくまで原子力発電の事故による被害より大気汚染による死者が多い
(二者だけを比較した場合)ということです。
電気料金が原子力発電の比率を高めると安くなるという議論も胡散臭いと思う。
著者が書いている通り電気料金の安い国は環境負荷の高い石炭火力の比率の高い国ばかりです。
電力業が完全国営の韓国は別にしても、原子力発電は政府の巨大な財政的負担無しには存在しない発電手段です。
ウラン燃料自体、ウランの濃縮という行為が軍事技術でもあり、
他の化石燃料のように自由に取引出来るようなものではありません。
原子力発電だけに限って言えば電気料金というのはコストの一部分でしかないので、
産業界と電力業界が喜ぶからといって低コストであるわけではありません。
原子力発電を増やすことは、他の発電手段なら電気代に含んでいるべきコストを
国民が税金によって肩代わりすることになります。
著者の意見に反して原子力発電は温暖化対策の切札にはならず、エネルギー源としては有望でないと考えます。
1つ目の理由は核燃料の濃縮とプルトニウムが軍事転用可能なものとして管理しなければならず、
化石燃料由来のエネルギーの代替として広く普及させることと矛盾するからです。
NPT核不拡散とエネルギー源としての普及に解消出来ない矛盾があります。
2つ目の理由としてウランは絶対量が少な過ぎます。
温暖化の切札として利用しようとすると、可採年数は1/5以下になるはずです。
新興国と中国は原子力発電を使いたがっていますが、
資源量が少ないからといって使うなとは言えないため、
ウランの可採年数は自ずと低下していきます。
サンシャイン計画などについても誤解しているような記述があります。
一般的な感覚からすれば、投入された予算は大きいと言えますが、
予算規模は年間で60億とか80億です。
原子力発電で投下された国の予算はもんじゅ関係だけでこれを軽く超えます。
(高速増殖炉の開発費用は1兆円を超えている)。
しかも、サンシャイン計画は現在も継続中で
太陽光発電などは研究目標は数年毎に絶えず達成されています。
サンシャイン計画は別にしても、
自然エネルギーに関して補助金は悪という議論と、
原子力発電で交付金をバラまくことがWinWinの関係という著者の主張は、
整合性がありません。
事実誤認については他にも、例えば太陽電池による発電単価は約50円とありますが、
計算方法による違いはありますが、現状ではほぼ家庭電力料金並みのはずです。
ソーラーパネルの主原料のシリコンは産業廃棄物としては無害です。
カドミウムテルルを使ったソーラーパネルが主流と書いてあるのは嘘です。
日本のメーカーはカドミウムテルルが有害なため使用していません。
アメリカのファーストソーラーというメーカーはカドミウムテルルを使った
ソーラーパネルを製造していますが、彼らのビジネスモデルは廃棄処分するパネルは
全量回収し、リサイクルして使用するというものです。
原子力発電を敢えて続ける場合、よりましな方法として、
トリウム溶融塩炉のパイロット炉が建設可能なら、
高速増殖炉・燃料再処理事業を捨て、
プルトニウムを消費しながら軽水炉から置き換えていく選択肢もあるかもしれません。
自分にとっては原子力発電は行き止まりの袋小路なので、
著者の主張とは裏腹に原子力発電を継続可能にする方法があるようには見えません。
経済性やコスト、補助金ビジネスは悪である、などの論点で著者が批判する他の発電手段と原子力発電との比較で論理の整合性が取れていません。そもそも論拠に示している事実などが極端に原子力発電の場合は楽観的で、他のエネルギー源の場合は不正確であったり中途半端であったりしています。エネルギーのポートフォリオが大切と書いて置きながら、博打の1点掛けのように原子力発電を持ち上げたり、逆にコストだけを取り上げて批判したり、また別のところではコストの実績値は重要でないとか将来のコストは誰にもわからないなどど書いたりしています。