本書刊行から30年を経た今、中立のはずの南京安全区国際委員会は国民党政府の反日宣伝に加担して、戦闘行為外の不法殺害など一件も目撃していないにも拘らず、便衣の宣伝部隊と思われる中国人からの報告を検証もせず「目撃事実」として垂れ流し、反日外国人記者の応援で米英の親中反日を煽った、という事実が複数の中国側資料により判明しており、南京『大虐殺』が真の意味で「まぼろし」であったことはイデオロギーを離れた学術的視点からは明白である。
かくて『大虐殺論』は見る影もなく論破されつくし、最後の砦『中間派』の「中共政府の政治決定である『30万』は誇張としても『虐殺』は1万5千から4万の捕虜の不法殺害として確かに存在した」という「中小虐殺」論へとシフトしてきている。
中間派は、日本軍が南京城内外で摘発した便衣の敗残兵及び大量の投降兵を「全て」裁判無しで処刑したことが国際法違反であるというが、本書が指摘するように幕府山の投降兵殺害の実態は、1万5千全員でなく多数が逃亡し結局4千人ほどの「捕虜」を釈放しようとしたが暴動となり、日本軍も将校1名と兵8名が死亡してのやむを得ない「数千人」殺害であったし、城内で摘発された敗残兵は「市民服を着て武器を隠し持ち、自国民にまで危害を加えていた」ことにより国際法的に不法戦闘員と見做され、正規の捕虜として裁判を受ける権利など持たない存在であったにも拘らず、実際に処刑されたのはその中でもとりわけ悪質な数千人のみ、残りは捕虜収容所に入れられ労役や汪精衛政府軍に回され、あるいは釈放されている。
また国際委員らも証言するように、兵士と間違われた市民も、家族や知り合いの証明があれば釈放されていた。
こうしてみれば、「南京『虐殺』」を「まぼろし」にしようとしているのは否定派でなく、「虐殺など無かった」という真相が明らかになってもらっては困る「中小虐殺派」の人々のほうである、といえよう。