日本書紀、古事記、風土記などの書物あるいはヤマト中央政府の政治、考古学の発見などから出雲とヤマト朝廷の関係を探る。そもそも、出雲に関する記述は記紀神話の3分の1を占めているにもかかわらず、最近まで存在さえしていなかったと思われていたのはなぜなのか。
出雲は全てが逆である。注連縄(しめなわ)の巻き方もそれ以外の神社の逆。天皇家が「日継ぎ」といって天皇霊を継いでいるのに対し、出雲国造家(国造くにのみやっこは現代でもまだ続いている!)は「火継ぎ」といって祖神・天穂命(あめのほのみこと)の霊を継いでいる。ヒは霊を意味する。日は昼、火は夜をあらわすと考えるとここも逆である。有名な話だが、島根では神無月ではなく神在月である、などなど。
日本書紀が編纂された8世紀は激動の時代だった。藤原不比等は自らの出自(百済系と考えられる)を正統に見せるため、また過去の歴史を塗り替えるために歴史を神話化したのではないだろうか。伊勢の名の元になった伊勢津彦は出雲出身の神である。そして、ヤマト中央政府の物部氏や蘇我氏も先祖をたどると伊勢に行き着く。
他に出雲の国譲りの話や邪馬台国の卑弥呼、トヨ、出雲大社で祀られている大国主命、出雲国造家(千家)、初期の天皇の話、出雲や北九州の当時の文化の話など初めて出雲関連の本を読んだ私にとっては驚きが多くあり、知的好奇心が大いに刺激された。著者の推理が多くの部分を占めるので賛否両論があるのかもしれないが、初めて読む人にとってはよい入り口になるのではないだろうか。