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「写楽」問題は終わっていない(祥伝社新書260)
 
 

「写楽」問題は終わっていない(祥伝社新書260) [新書]

田中 英道
5つ星のうち 3.2  レビューをすべて見る (4件のカスタマーレビュー)
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登録情報

  • 新書: 192ページ
  • 出版社: 祥伝社 (2011/12/9)
  • 言語 日本語
  • ISBN-10: 4396112602
  • ISBN-13: 978-4396112608
  • 発売日: 2011/12/9
  • 商品の寸法: 17.4 x 10.9 x 1.5 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 3.2  レビューをすべて見る (4件のカスタマーレビュー)
  • Amazon ベストセラー商品ランキング: 本 - 248,173位 (本のベストセラーを見る)
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10 人中、5人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
写楽の正体は斎藤十郎兵衛で決まりと思っていたら、待ったをかけた本が出てきたので興味をそそられた。
読んでみて、いくつか疑問点が出てきたので、上げてみると、
まず、どうして北斎は自分の正体を隠して写楽を名乗ったのか、ということである。
北斎が画号をよく変えたことは周知の通りなので、写楽と名前を変えてもおかしくはないが、それまで勝川春朗という名前で役者絵を描いていたことの延長なので、別に正体を隠す必要はないのではないかと、素人の私などはつい考えてしまう。
それに対して先生は、
「写楽のあまりに『真を描かんとした』表現が、役者の深い恨みを買ったからだ」
と推測している。
つまり、第一期の大首絵を刊行したところ、役者たちが激怒したので別人になりすました、というもの。
ということは、第一期では正体を隠す気はなかったが、第二期から隠した、ということになる。
先生は、北斎(春朗)と写楽の落款の違いに触れて、
北斎は「画」という字の中の由をほとんど申にしているのに対して、写楽はすべて田にしており、字体の違いを認めている。
そのわけは同一人物であることが分からないように意図的に変えた、と推測している。
となると、ここに矛盾が生じる。
写楽は第一期から田の字を使った「画」を使用しているので、北斎は最初から正体を隠そうとしていたことになる。
役者から深い恨みを買う前に。
つまり先生の説に従うと、
北斎は、こんなふうに大首絵を描けば役者から恨みを買うかもしれないと危惧したため、最初から正体を隠そうとした、とするのが正確だろう。
こう書けば、矛盾はなくなる。

次に、先生は春朗(北斎)と写楽の絵が似ていることを取り上げて、同一人物と見なしたがっているようだが、よく考えてみてほしい。
絵の素人である斎藤某が役者絵を描きたくて勉強しようとした場合、どうするか。
普通に考えたら、世に出回っているプロの浮世絵師の描いた浮世絵を模写して勉強するだろう。春朗(北斎)の役者絵も当然写し取るだろう。
そうすると、ある程度似てしまうのは当然ではないだろうか。さらに言うと、自分ならもっとこうして似せてやるのにと考えて、春朗(北斎)の描いた絵を土台にすることだって十分に考えられる。
先生には、どうやらそんな考えはこれっぽっちもないようだ。

最後に、先生はギリシャで見つかった写楽の肉筆扇面画も、それ以前から写楽の肉筆画かもしれないと言われていた「老人図」扇面画も、どちらも栄松斎長喜の作であるとほぼ断定している。
栄松斎長喜は、五一本「浮世絵類考」の書き込みにある、「写楽は阿州侯の士にて、俗称を斎藤十郎兵衛といふよし」という発言をした人物である。
それについて先生は、「写楽が春朗=北斎であることを知っていた長喜が、健在の北斎の意思を慮って、そうした噂を振りまいた」と書いているが、どうして長喜は、実在の斎藤十郎兵衛を使ったのか、という疑問が湧く。
斎藤十郎兵衛は士分なので、もし浮世絵を描いていたとなるとお咎めを受けるかもしれない。
私が斎藤十郎兵衛なら、「誰だ、そんな根も葉もない噂を流したやつは」と怒り心頭に発するだろう。自分の身分にかかわることだからだ。
長喜も当然そういう噂が斎藤十郎兵衛を困らせることは分かっていたはずなのに。
斎藤十郎兵衛に恨みでもあったのかと思ってしまう。
普通に考えたら、どこかの町人、もしくは架空の人物にするのが当然だろう。

先生には、是非とも第二弾で、これらの疑問に応えていただきたいですね。
大勢に流されず、独自の説を貫こうとする先生の心意気に星二つ。
このレビューは参考になりましたか?
8 人中、2人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
新聞書評より引用

 レオナルド・ダビンチやミケランジェロをはじめとするルネサンス研究で業績を残してきた美術史家が、
「謎の浮世絵師・写楽は、北斎である」という持論を、両者の作品の分析を通して展開している。図版も
多数掲載し、主張に説得力を持たせた。
 写楽の正体については、さまざまな議論が交わされてきた。しかし近年ギリシャで発見された肉筆の
扇面画に写楽の署名があり、多くの日本美術史家はそれらを基に「写楽=北斎」説を否定。阿波藩お抱
えの能役者、斎藤十郎兵衛説が有力となっている。

 しかし、著者は扇面画を丹念に観察した上で、線の弱さや構図感覚の違いなどから写楽の真筆ではない
と断言。そして、写楽と北斎それぞれの作品を数多く比較。人物表現の同質性を示すことで、両者が同一
人物であると結論づける。

 写楽は北斎なのか、それとも十郎兵衛であるのか。決着がつくのは、まだ先のようだ。だが、著者が言
う通り「作品を、その形、線、色といった形象の比較で確認する」という美術史学の鉄則を、研究者はあ
らためてかみしめることが必要だろう。

 1942年東京生まれ。西洋美術が専門だが、天平彫刻など日本美術でも精力的な研究を行っている。
 東北大名誉教授。前国際美術史学会副会長。

                                     (H24.1.22 河北新報)

色々な評価があるが、この書評が一番客観的でよくまとまっていると思い引用する。

従来の写楽か否かの鑑定は、実はまともな線画の研究をおなざりにして、ほぼ資料中心にばかり進めれてきた。
しかし、美術鑑定が厳密な形で発達した西洋の鑑定手法の中心軸は、その作品がどのような線画の特徴を備えているか、
その美術作品としての中身の研究が中軸なのであり、他の資料はその補佐・補助資料なのである。

西洋美術界ではごく当然のオーソドックスなこの手法に従って分析されたことが、日本の写楽論議ではほとんどなかったのが
実態だったのだ。(多分、他の作品鑑定でも未だにその格差は埋められていない。)

それを学術的に忠実に実行して鑑定し見出された結論が、本書の結論である。

こうした美術鑑定は、今後筆者のように世界に通用する鑑定手法で鑑定された上でなされるべきであろう。

我々が世界に通用する美術鑑定手法とは何か、を知る良い導きの書として、本書を推薦したい。
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8 人中、2人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By h.m
東洲斎写楽は「謎の浮世絵師」であるとよく言われます。写楽は突如大々的にデビューし、一年足らずで活動を辞め、その後は表舞台から完全に消えてしまいます。それ以外の経歴が不明です。

そのため「写楽は有名な誰々の変名だ」という、いわゆる「別人説」が大量に生まれ、歌麿だ一九だ北斎だ豊国だ蔦屋だと何十種類あるのかも不明です。しかし実際には写楽の正体は江戸時代の文献に書いてありました。能役者の斎藤十郎兵衛です。斎藤月岑の「増補浮世絵類考」にあり、すでに明治時代には知られていたのですが、何故か無視され、好事家達による各人各様の別人説が跋扈することになりました。しかし最近になって斎藤十郎兵衛説を補強する証拠がいくつも発見され、再び有力視されるようになって今に至ります。

そのような状況下で別人説の一つ、北斎説を主張する本書なのですが、まず全編に渡って感情的です。のっけから東京国立博物館の写楽展で北斎説に言及が無かった事にご立腹で、北斎説を無視するのは異常だとまで言っています。それなら歌麿説や豊国説なども紹介されるべきかというと、他の説は「間違っている」そうです。自分は専門外だから排除される、排他的であるとも主張しています。ただ著者が別の部分で書いている通り、斎藤十郎兵衛説を復活させた内田千鶴子氏や中野三敏氏も江戸絵画の専門家ではありません。

どうも著者の頭の中では「北斎説が正しいのは自明のことなのに、専門家達は都合が悪いから必死に隠蔽しようとしている」といった事になっているようです。「○○氏(有名な学者)が北斎説を取り上げないのはおかしい。それなら北斎説を否定して見せるべきだ」というような主張が何度も出てきますが、話が逆でしょう。

では著者は、定説になりつつある斎藤十郎兵衛説にどのような反論をしているかというと、「文献主義の愚」「伝聞情報だ」として片付けています。そして自説の根拠はというと、まず北斎の活動期間の空白、それと「似てるから」。これは別人説で多用される根拠のパターンで、他の説を否定するときは当然「似てないから」となり、本書も踏襲しています。

今では「写楽=斎藤十郎兵衛」という資料だけでなく、「写楽」「斎藤十郎兵衛」「徳島藩お抱えの能役者」「八丁堀」などのキーワードが相互に結びつく発見がいくつもあり、写楽の正体をめぐる状況は変わりました。それらに対してきちんとした反論も無い本書は、昔ながらの写楽別人説の本と言えるでしょう。
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